橋イラスト

「福は内! 鬼は外!」——節分の夜、かつては家々の中から聞こえたこんな声。最近では豆まきよりも恵方巻を食べる習慣のほうがポピュラーになってきた。しかし、節分は元来、立春を迎える前日に家や己の心の中に住み着く「鬼(邪気)」に豆をぶつけて福を呼び込もうという行事だ。そんな招かざる鬼の筆頭格に上がるのが大江山の「酒呑童子(しゅてんどうじ)」。平安時代、丹波国の大江山に住み、京のまちで暴れまわったという日本史上最大最強の鬼だ。
堂島川をまたいで大阪市のメインストリート御堂筋に架かる大江橋は、この大江山の酒呑童子と深い関係がある。

江戸時代の元禄年間(1688〜1703)、大江橋は市街地の開発により堂島川五橋(大江橋・渡辺橋・田蓑橋・堀江橋・船津橋)の一つとして架けられた。橋名は万葉歌人の歌にも詠まれた「大江」という地名に由来している。
では、この橋と酒呑童子はどんな関係があるのだろう。その謎を解き明かすには、昔の地形を知る必要がある。
ちなみに平安時代以前は御堂筋辺りまで海岸線が迫り、西横堀より西の地は小さな島々が点在していたという。「大江」は、現在の東大阪市の川俣・御厨辺りから大和川にまで及ぶ広大な地域を呼ぶ地名だったが、特に上町台地の北端部に近い、現在の大阪天満宮周辺の河岸を指したようだ。港は「大江津」や「窪津」と呼ばれ、後に「大江の渡りの辺り」という意味から「渡辺津」と呼ばれた。また、この地は難波宮造営以来、都の表玄関として水路と陸路、両方の交通の要衝だった。平安中期に流行した熊野詣も、京から向かう人々は船で下り、ここで上陸して熊野まで歩くのが習わしだった。

ここで勢力を張っていたのか「渡辺党」と呼ばれる武士団だった。渡辺党は、嵯峨天皇の12番目の皇子で「河原左大臣」と呼ばれた源融(みなもとのとおる)を祖とする源氏の一族。源融は『源氏物語』の主人公、光源氏の実在モデルの一人といわれる。渡辺党はこの地を本拠にして水運設備の管理や警備を行い、物資輸送に乗じて瀬戸内海方面へも勢力を伸ばした。中でも一躍脚光を浴びたのが、源融から5代目に当たる渡辺綱(わたなべのつな)。源頼光の四天王の一人として坂田金時(金太郎さんのモデル)、碓井貞光、ト部季武とともに大江山に赴き酒呑童子を退治したと伝えられる人物だ。最後は神の化身から授かった「神便鬼毒酒(しんべんきどくしゅ)」という、人が飲むと力を与え、鬼が飲むと力を失う酒を酒呑童子に飲ませ、動けなくなったところでその首を斬ってトドメを刺す。鬼も震え上がる渡辺の名は全国に知られるところとなり、後世、渡辺姓の人は節分に豆まきをする必要はないという伝説が生まれたほどだ。

ところで、渡辺綱が住んでいた水辺の大江と丹波の山奥にある大江山。どちらにも同じ地名がついているのは偶然だろうか。
その謎を解く鍵として「鬼=疱瘡(ほうそう)」とする説がある。もともと鬼は「目に見えない邪気」つまり、病気や災害、飢餓などを指したが、大陸との交易船も出入りする港では、とりわけ強い感染力を持つ疱瘡(天然痘)の上陸を恐れた。この不安から大江では「疱瘡封じ」の儀式が行われ、疱瘡が京の都に広がる中で舞台も同じ地名の丹波の大江山に移り、鬼退治の物語として語り継がれたというのだ。医学知識が今のようになかった時代、人々が天然痘に罹患した人の面相に鬼を重ね合わせたとしても無理はない。

さて、時空を超えて再び現代の大江橋へ。今、架かっている鉄筋コンクリート造りのアーチ橋は橋長81.5m、幅37.0m。大阪市の第一次都市計画事業の御堂筋建設に沿って昭和10年(1935)に架け替えが完成した。南欧中世風のデザインは、すぐ南側の土佐堀川に架かる淀屋橋とともに一般公募で決定したもの。その後、二度の改修が行われたが、クラシカルで端正剛健な姿は当時のままで平成20年(2008)に淀屋橋と合わせて重要文化財に指定された。
知名度の高い淀屋橋の延長上にあってともすると影の薄い大江橋だが、鬼がらみのこんなエピソードを知れば、ひときわ愛着が湧いてくる。

大江橋
大江橋
大江橋 北詰東側より臨む
大江橋
威厳のある親柱
大江橋
中央に照明灯とバルコニーがある
写真撮影=池永美佐子


大江橋の位置
地図_露天神社

島本貴子
京都生まれ、大阪育ち。大谷女子専門学校卒業。14年間大阪で中学校家庭科教師として勤務。河村立司氏に師事し漫画を学ぶ。山藤章二氏「似顔絵塾」の特待生。「大阪の食べもの」「浪花のしゃれ言葉」などをテーマに「いろはかるた」を多数制作。このイラストも自作。

池永美佐子
京都生まれ、大阪育ち。関西大学社会学部卒業後、新聞社、編集プロダクション、広告プロダクションを経てフリー。雑誌やスポーツ紙等に執筆。趣味はランニングと登山。山ガール(山熟女?!)が高じ、2015年、アフリカ大陸最高峰のキリマンジャロに登頂。
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