●神の化身、白蛇が棲むといわれる「巳の神杉」 |
「大神(おおみわ)神社」は、この三輪山をご神体として大物主大神を祀る、日本最古の大社で大和一の宮である。広大な境内には本殿は設けず、拝殿の奥にある独特の「三ツ鳥居」を通して、三輪山を拝するという、古代の信仰のスタイルを貫いている。現在の拝殿は、徳川四代将軍家綱が再建したもので、その技術の高さから重要文化財に指定されている。 |
拝殿前に樹齢600年の杉の大木がある。根元の洞に、白蛇が棲んでいるところから、「巳(み)の神杉」と称せられ、神杉の前には、お神酒とともに巳さんの好物とされる生卵がお供えされている。江戸時代には、「雨降杉」とも言われ、雨乞いのお詣りをしたという。
|
「三輪山の神とされる蛇は、水神であり、雷神でもあったのです。古代の人たちにとって三輪山は神秘的であると同時に何がひそんでいるかわからない不気味さを覚え、山に立ち昇る霧や雲から山内に棲む精蛇をイメージしたのでしょう。鬱蒼とした森林から流れ出る水は、種々の農作物を育み、暮らし支える命の源だったのです」。田辺さんが解明する。 |
|
|
●狭井神社から神の山、三輪山へ登る |
明治に入るまで常人は足を踏み入れることのできなかった三輪山も、いまでは誰でも入山できるようになった。大神神社の北側にある摂社の「狭井(さい)神社」の社務所で300円を納めて白いタスキを受け取り、お祓いを済ませて登る。2時間ほどで下山できるが、3時間以内に下山しなければならない。赤松や杉、桧などに覆われた山は、樹木一本、葉っぱ一枚に至るまで神が宿るとされ、伐採することは許されない。山頂近くには巨石を環状に三段に積み重ねた原始信仰の祭祀遺跡「磐座(いわくら)」が鎮座している。 |
狭井神社の本殿横には、飲めば万病に効くといわれる「ご神水」の湧く薬井戸がある。 |
以前は釣瓶で汲んでいたが、今はボタンを押すと薬水が出てくる、磐座を模した石造りのタンクが据えられている。 |
|
●訪れる人を古代神話の世界へ誘う、山の辺の道 |
この界隈は、日本最古の市場である海柘榴市(つばいち)が開かれ、文化や経済の中心地でもあったという。大神神社を中心にして日本最古の産業道路「山の辺の道」が、山添の村と村を結んで曲がりくねりながら南北に伸びている。 |
中でも狭井神社を通って、檜原神社を経由し、北の天理方面に向って伸びる15キロの道には、古社寺や古墳、万葉歌碑をはじめ多彩な伝承の舞台が展開し、訪れる人を古代神話の世界へ誘ってくれる。
|
この日はあいにくの小雨。さらさらと音を立てて流れる狭井川(さいがわ)を渡って石畳の小道を進むと、突然雨足が強くなってきた。見れば、ベールをかぶせたような風景の中に赤い鳥居が・・・。水の神様、龍神を祀る「貴船(きふね)神社」だ。 |
そこからのどかな田圃を過ぎると、坂道のつきあたりに白壁の建物が見えてくる。「玄賓庵(げんぴんあん)」は、本堂に不動明王坐像を伝え、玄賓僧都(げんぴんそうづ)が修行した場所と言われる。謡曲「三輪」ゆかりの舞台としても有名だ。 |
|
ここからさらに、鬱蒼とした竹薮を進むと、「桧原(ひばら)神社」に到着する。ここは崇神天皇の時代に、天照大神を祀った神跡で「元伊勢」と呼ばれる。ここにも「三ツ鳥居」があり、古い神祀りの様子がしのばれる。 |
境内からは、「大和は国のまほろば」と謳われた大和平野が臨め、畝傍山・耳成山・天香具山の大和三山を見下ろす景勝地になっている。 |
|
|