●インクラインを歩く |
そんな琵琶湖疏水の沿革を田辺さんから聞きながら、まず向ったのは、地下鉄東西線蹴上(けあげ)駅。駅の北側には、疏水掘削に伴って完成した水力発電所とインクラインがある。線路内には当時使われた貨車が残され、線路伝いに歩くことができる。 |
インクラインの下、蹴上浄水場から南禅寺の塔頭、金地院へ抜けるトンネルは、強度を考えてレンガをねじるような形で積んだことから「ねじりまんぽ」と呼ばれる。ちなみに「まんぽ」とはトンネルのこと。 |
「このレンガの積み方は独自のもの。疏水造作技術の高さが分ります」と田辺さん。 |
トンネルをぬけて南禅寺境内の山門をくぐり、東に進むとローマの水道橋のような建造物が現れる。これが「水路閣」。下から見ると分りにくいが、橋の上は水路になっていてゴーゴーと疏水が音を立てて流れている。 |
疏水掘削工事を行う際、この界隈には社寺が多く点在していたため、環境や景観を壊さないような配慮がなされたという。異国風情緒漂うこの赤レンガの建造物は禅寺とも調和し、年月を経て独特の存在感を放っている。 |
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●平安神宮の神苑や御所の庭園の水も疏水 |
再び蹴上に戻り、今度は第一疏水の流路をたどってみる。疏水は仁王門通から平安神宮の前を通って一筋北の冷泉通に沿って流れ、そこから鴨川に注ぎ込む。 |
平安神宮の神苑の水も疏水の水だ。神宮道に架かる朱塗りの慶流橋の辺りは、疏水の美しさを引き立てる華やかな場所だ。 |
冷泉通沿いの疏水の途中には夷川発電所がある。「この夷川発電所の貯水池は、京都踏水会がプール代わりに使っていたこともあるんですよ」。京都踏水会は、明治時代に大日本武徳会遊泳部としてスタートした名門の水泳クラブ。1928年(昭和3年)アムステルダムオリンピックに出場した新井・木村両選手をはじめ、多くのスター選手を輩出している。 |
鴨川の東側と合流する地点は、俗に「中落」と呼ばれるところでダムになっている。
「ぼくが子供の頃はここでよく泳いだものです」。 田辺さんが懐かしそうに話す。 |
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●桜の似合う哲学の道 |
一方、蹴上から分かれた疏水分線は、南禅寺の境内で水路閣をまたいで「松ヶ崎浄水場」へと流れ、その後下鴨から堀川に達する。観光名所として知られる「哲学の道」は、松ヶ崎浄水場へ注ぐ途中、熊野若王子(くまのにゃくおうじ)神社から銀閣寺付近までの疏水分線の堤の遊歩道だ。 |
哲学の道へは南禅寺を経由しても行けるが、私たちはクルマで銀閣寺前へ。 |
哲学の道というネーミングは、明治初期この当たりに下宿していた京都大学の学生たちが西ドイツにある「哲学者の道」にちなんで命名したとか。 |
疏水べりの木々は桜の木。この時期、赤や黄色に染まった落ち葉がキラリと舞って透明の川面を流れていくさまは、本当に美しい。
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しかし、田辺さんは疏水には秋よりも春が似合うという。 |
そのわけは、銀閣寺近くにある白沙村荘(はくさそんそう)に由来する。白沙村荘は日本画家の巨匠、橋本関雪の自宅兼アトリエ。主亡きいまは記念館になっている。
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「疏水の桜は関雪の夫人の米子さんが、夫の成功を祝って100本のソメイヨシノを植樹したのが始まりなんです。疏水ベリに桜が多いのもここから広がったんですね。私も疏水の桜は大好きで中学生の頃からカメラをぶら下げては歩いたものです」。
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