基調講演③「我が国のGXの加速化に向けて」
日本のGX戦略、現在地と次の一手
カーボンニュートラル実現への道筋
- 基調講演「我が国のGXの加速化に向けて」 -

経済産業省
GXグループ 参事官
環境経済室長
若林 伸佳氏
基調講演の有識者講演では、経済産業省 GXグループ 参事官 環境経済室長である若林 伸佳氏が「我が国のGXの加速化に向けて」と題し、世界のカーボンニュートラルにおける状況と日本におけるGX政策について説明しました。
気候変動対策に今後20年間で
官民合わせて150兆円超の投資を
日本は2050年のカーボンニュートラルを目指し、その実現に向けた中期的目標として2030年のCO2排出量を2013年度比マイナス46%にする目標を掲げています。現在、順調な減少傾向が継続しています。

日本における2030年度目標と2050年ネットゼロに対する進捗状況
日本は予定通りにCO2排出量削減に取り組んでいる数少ない国で、気候変動対策をリードしている欧州でもフランスやイタリアなど目標よりも上振れした状態です。 こうした状況の中、世界の気候変動対策は「投資競争」になっていると言えます。

GX投資実現に向けたグローバルな政策競争
日本も今後20年間で官民合わせて150兆円超の投資を実施していく予定です。アメリカでは、2022年8月に過度なインフレを抑制すると同時にエネルギー安全保障や気候変動対策を迅速に進めることを目的としたインフレ削減法(IRA)が成立し、50兆円程度の投資が決定しています。アメリカ国内で製造を要件に生産量に応じた税控除措置を講ずるなど、世界的に特長的な措置が盛り込まれています。

アメリカにおけるインフレ削減法(IRA)による投資促進例
気候変動対策や環境対策に取り組む企業の多くがアメリカに誘致されることを懸念して、EUでも「グリーンディール産業計画」や「ネットゼロ産業法」などを打ち出し、これまでの規制や制度を中心とした気候変動政策から、より産業政策的なアプローチに変わりつつあります。
そのひとつに、炭素国境調整措置があります。域外諸国からセメント、アルミ、肥料、鉄鋼、電力、水素などの輸入について、製品あたりのCO2排出量に基づく証書の購入(輸入課金)を求める措置で、2026年から段階的に導入されることが決定しています。

EUにおける炭素国境調整措置
また、ドイツの商工会議所のレポートでは、2022年から2024年にかけて、エネルギー産業政策の変化に応じて、国内生産量の調整や海外移転を計画・実施をしている企業の割合が大幅に増えていることがわかります。フォルクスワーゲンがドイツ国内の工場を閉鎖するなど、エネルギー価格の高騰がドイツ競争力の低下に繋がっているとされている中、欧州中央銀行総裁を務めていたマリオ・ドラギ氏が中心になって2024年9月にまとめた「ヨーロッパの競争力の未来」というレポートが注目されています。「EUはこまで気候変動対策をリードしてきたが、一方で負の側面も同時に出てきている。調整をするべきだ」という提言がされています。EUは気候変動対策で世界をリードしていますが、今後どのように動くのか、要注目だと思います。
日本はEUとアメリカのアプローチの双方を取り込む形でGXを推進してきました。「成長志向型カーボンプライシング構想」で、まずは「GX経済移行債」というトランジション国債を発行し、20兆円規模の資金を政府が調達します。そして、政府は調達した資金をもとに大胆に投資支援を実施し、技術開発や脱炭素技術の導入に対して支援します。一方、カーボンプライシングも導入していくことにしています。

成長志向型カーボンプライシング構想
国内のさまざまな気候変動対策
GX経済移行債は、これまで何度か発行しています。最近でも3,500億円程度を発行し、応募倍率3倍ぐらいで順調に応札されています。GX経済移行債を発行して得た資金で、さまざまな投資支援策を実施しています。
具体的な支援策として、ペロブスカイト、洋上風力、水素還元製鉄などの新技術に約1兆円程度を支援し、その他にもCO2の多排出産業の構造転換、高炉を非常に品質の高い電炉に変えていくための設備投資支援、電動車の導入支援、蓄電池の導入支援、家庭の断熱窓導入やヒートポンプ導入なども進めています。あるいは、水素の導入を支援するための価格差に着目した「値差支援策」という法律も提出して実行しています。こうした支援策を合わせて約13兆円の投資を実施する計画です。

GX経済移行債による約13兆円の資金の使い道
アメリカのインフレ削減法(IRA)と似ている「国内投資促進税制」も2024年度の税制改正で成立しています。「戦略分野国内生産促進税制」という名称でGX債の20兆円を財源にしながら、電気自動車やグリーンスチール、グリーンケミカルなどの産業構造を踏まえ、生産段階のコストが大きい企業に対して生産・販売量に応じて税額控除措置を講じるものです。

生産・販売量に応じる形の国内投資促進税制
GX全体を支えるインフラとして「GX推進機構」も2024年7月から稼働をしています。この「GX推進機構」では経団連会長(2025年5月就任予定)の筒井 義信氏(日本生命 会長)に理事長として就任していただいています。
国民、国全体でどのようにして
脱炭素電源の立地と運用を支えていくか
我々のGX政策は「GX2040」として、2024年末にエネルギー基本計画と一体となって取りまとめられることが前政権の中で決められました。GX2040、エネルギー基本計画で議論になっているのが、データセンターの電力需要の想定です。これまでは電力需要量が落ちてくる傾向にあったのですが、これからは一気に電力需要が伸びてくると想定されています。その理由はデータセンターや半導体工場の新設などがあります。

今後の10年間は一気に電力需要が伸びる想定
北海道では、石狩湾に非常に大きい洋上風力発電やバイオマス発電所があり、そこで再エネ電力を目指して、さくらインターネットのデータセンターや京セラ系のデータセンターが設立されています。Rapidus社の半導体工場も北海道・千歳市で2027年の稼働開始を目指して建設中です。北海道における電力需要の増加は非常に大きく、それらを賄える電力を政府として、どのように脱炭素電源で賄っていくかを検討しなくてはなりません。
北海道は再生エネルギーのポテンシャルが高く、電力需要の3分の1ぐらいは再生エネルギーで供給されています。一方、残りの3分の2は火力発電です。
再生エネルギーによる発電事業など脱炭素電源は、事業開始に至るまでに時間が長くかかります。その間、工事費用が高騰し、発電事業がスタートした後に投下したコストを回収するのが難しくなってしまうことも懸念されます。こうしたことを考え合わせると、日本の気候変動対策においては、発電事業者に全てのリスクを負わせるのでなく、国民あるいは国全体でどのようにして脱炭素電源の立地と運用を支えていくか、制度的にどう担保していくか、その重要性がとても高まっているのです。
