セッション7
地方自治体(北海道神恵内村)活性化に向けた取り組み
(DX人材育成の伴走事例)
地域×スタートアップ
オープンイノベーションによる共創でDXを加速する

Creww株式会社
取締役 COO
水野 智之氏
本セッションでは、まずCreww株式会社 取締役 COOの水野 智之氏が「地域企業とスタートアップのオープンイノベーションの取組」と題し、地域に根ざした経営資源を持つ地域企業が、スタートアップとのオープンイノベーションにより、どのようにDX推進や新規事業の創出をするかについて事例を踏まえて講演しました。
続く「自治体におけるDXの取組み」では、北海道神恵内村におけるDXへの取組の紹介と、地域が抱える課題、その変革について富士通株式会社の福地 達貴が講演しました。
最後のパネルディスカッションでは、Creww株式会社の水野氏と富士通株式会社の福地が参加者からの質問に答えました。モデレータは富士通のEVP CDXO・CIO 福田 譲が務めました。
新しい技術やアイデアで
ゼロから新しいビジネスモデルを作り出す
最初に登壇したのはCreww株式会社 取締役 COOの水野 智之氏です。
当社は、スタートアップとの共創を10年以上前から推進してきました。共創において重要となるのは受発注の関係性ではなく、横のつながりによって新しい価値・サービスが作られるという視点を持つことです。
スタートアップとベンチャー企業の違いは「ゼロかイチか」にあると考えています。ベンチャー企業は既存のビジネス領域にスモールビジネスで参入することが多いのに対し、スタートアップは新しい技術やアイデアをベースに「ゼロから」新しい市場、新しいビジネスモデルを作り上げていきます。できたばかりの会社だからスタートアップなのではなく、新しい技術やサービスで新しい市場を開拓しようとしているかどうかがポイントになります。
外部から資金調達をするケースが非常に多いのもスタートアップの特徴です。市場があるかどうか、ビジネスとして成立するかどうかも分からない中で、エクイティ投資を受けながら赤字でスタートするケースが多く、市場に受け入れられたときの成長速度・成長率がともにきわめて高いのもスタートアップの特徴です。
近年では政府主導によるスタートアップ支援の取り組みも実施されています。2022年にスタートアップを支援する仕組みが内閣府から発表されました。当時の岸田政権は骨太政策の一つとして、スタートアップ育成五カ年計画を掲げ、スタートアップの数を10倍、ユニコーンと呼ばれる時価総額1000万円以上のスタートアップを100社、日本市場に流れているスタートアップ向けの投資額を10倍の10兆円にすることを目指し、現在までさまざまな税制改正や予算がスタートアップに流れています。
こうした背景から、日本でもさまざまなスタ―トアップが誕生し、経済の活性化に一役買っています。Crewwのプラットフォームには8000社のスタートアップがあり、連携しながらビジネスを作っていくことができます。
地域×スタートアップ
オープンイノベーションの取り組み
新しいビジネスを創出するには、オープンイノベーションの考え方が重要です。オープンイノベーションとは外部共創アプローチで、自社だけではなく企業間や産学連携での共同開発、共同事業によって、大きな社会的インパクトを生み出す概念です。
オープンイノベーションが注目される背景には、顧客ニーズの多様化や社会の変化、プロダクトサイクルの短期化があります。ビジネスを取り巻く環境は目まぐるしく変化している今、スピード感が非常に重要ですが、大企業が単独で新規事業を展開しようとすると、どうしても時間がかかり過ぎてしまいます。スタートアップと組むことで、スピード感に乗り、素早くアウトプット・アウトカムまで持っていけるメリットがあります。
スタートアップとはどのような形で協業できるか。大きく四つのパターンがあります。一つは飛び地的な新規事業の展開です。社内の経営資源を使って新しいマーケットでビジネスを展開する最もチャレンジングな取り組みです。ただし、そのビジネスが良いのか悪いのかを評価する指標が社内にないので、いきなり飛び地事業は難しいと感じる企業も多くあります。その場合、既存事業のアップデートとして周辺領域や既存製品・技術を使いながら、いわば延長線上で新しいビジネスを始めるという共創のかたちもあります。
また、クライアントモデルと呼ばれるスタイルで、クライアントが自社の課題を解決してくれるスタートアップを探して連携するというパターンもあります。さらに単純にスタートアップのサービスを社内で利用し、デジタル化を図るだけといったスタートアップとの連携の形もあります。難易度の低いところから高いところまで、どのような目的があるのか、どのスタートアップと組むかが重要になります。
スタートアップとの共創を通じて得られるメリットの一つは、スタートアップの持つサービスやプロダクトに合わせて動くことで、大きな投資をしなくても、合理的かつ実現性の高い事業創出の手段を得られるところです。また、自社では出てこない発想・アイデアをスタートアップは持っているので、第三者的目線から見た自社の魅力や、経営資源の利活用ができる点もメリットだと言えます。さらに、外部企業やスタートアップと協業することで、社内の人材育成にもつながるという副次的なメリットもあります。
最後にいくつかの事例を紹介します。一つめは難しい飛び地の新規事業にチャレンジした岐阜県の運送会社の事例です。生鮮食品の生産から消費者までのコールドチェーンを持ちながらも、荷主を集められないという課題解決のため、スタートアップと協業して自らの物流工場の一部を野菜工場に変更。工場で作った野菜をそのまま直送し、小売に販売するという新しいサービスを構築して全国のスーパー向けに展開した成功事例です。
二つめは長野県のモーター製造会社と東京のIoTロボット義足を作っているスタートアップの協業事例です。モーターの技術を使って、IoTロボット義足の性能を向上させることに成功した事例です。三つめは既存事業をアップデートした事例で、業務用機械の製造販売会社がセンシング技術とAI解析技術のスタートアップと協業。早い段階で故障予測し、適切なタイミングで部品交換などをすることで、故障による生産ラインの停止を回避。お客様の生産性向上や業務用機械の付加価値向上につながった事例です。
イノベーションへの取り組みには、外部のデジタルリソースを使いこなし、新しいことを継続的に生み出せる組織、ケイパビリティが非常に重要です。新規事業を目的とするのではなく、組織づくりに目的を置くプロセスがないと、なかなか継続性を保つことはできません。このような部分を私たちは日頃から支援させていただいています。
北海道・神恵内村での
DXの取り組み
水野氏に続いては富士通株式会社の福地 達貴が登壇し、地域でのDX人財の育成について説明しました。
私は北海道・神恵内村で2021年から2024年までの3年間、持続可能な町づくりに向けた地域DXに取り組みました。

富士通株式会社
DX Division
福地 達貴
地域DXとして最初に「何から始めたら良いか」を村長に尋ねたところ「全部だ」と言われてしまったことを覚えています。村の中ではすべてが大事であり、何から手を付けていいか分からないというのが、神恵内村をはじめとする小さな自治体の率直な課題なのです。そこで「暮らしに関するアンケート」と称して、400世帯の住民を訪問して意見を聞きました。その中で上がってきたのが「コミュニティが衰退している」という声です。村の住民が足を運んでいた温泉が古くなって閉業してしまったり、コロナをきっかけに飲食店が閉店したりして、集まるところがない。あるいは村の子どもたちと高齢者の交流がコロナをきっかけに途絶えてしまい、地域コミュニティが衰退していることを知りました。
そこでオープンイノベーションの観点から考え、東京のベンチャー企業であるアイラの技術を使い、高齢者でも使える端末を通じたデジタルコミュニティを作りました。その際に村の住人から声を集め、指針として「こういった村を目指しましょう」と作ったのがビジョンマップです。

村が目指す姿を描いたビジョンマップ)
コミュニティと教育、地域交通、行政などにおけるDXを任期中に実現しました。私はすでに帰任しているのですが、村としては引き続きDXを推進しており、医療福祉や役場窓口業務のDX改革が進行中です。
地域のDX人材として取り組んだ
行革の成果は
コミュニティの活性化については、情報や交流の場としての基盤を構築しました。今まで村の住人の情報は月に一度の広報誌と防災無線しかなかったので、もっと村の生きた情報を知ってもらうことを目的に、情報基盤として作ったのが地域SNSの「かもチャン」です。

かもチャンで地域コミュニティを活性化)
かもチャンを配信するのは地域団体の方々です。ここがポイントで、自治体職員だけで配信しないようにしています。小中学校の先生や地元漁師、地元商店の方々が積極的に配信に関わり、2023年度は合計429の投稿をしていただきました。
実証前と実証中において、神恵内村と富士通が二人三脚で取り組んできたことが非常に重要だったと思います。実証前は実際に利用者のお宅を訪問して操作説明をし、実証中はどのような投稿がよく読まれ、反応があるのかを地域おこし協力隊と検証しました。その結果、今でも端末稼働率は92%を維持しています。

地域DX人材として取り組んだ三つの行政改革)
振り返ると、私がDX人材として取り組んだものはデジタル化ではありませんでした。大きく三つの行政改革に取り組みました。一つめは政策アドバイザーとしての行革です。これはビジョンマップを作りましたが、外から入ることで見える魅力を村長に伝えるために必要だったと思います。
また、住民のニーズに応じたかもチャンを作りました。当初は企画部門で作っていたかもチャンを最終的には現場部門ということで住民課に移しました。企画で出したアイデアを現場部門で形にする際は軋轢を生み出しやすいものですが、そこをうまく繋げられる地域のハブにもなってきたと思います。
私が神恵内村にいた3年は、おもに人材育成をしました。私がいなくなった後も神恵内村でかもチャンを継続するために、役場職員や住民の意識を改革しました。
最後に私のパーパスを紹介します。「進取果敢に地域・人の価値を勇気を持って創造する」です。神恵内村では良いことばかりではなく辛いこともたくさんありましたが、どのようにしたら村が良くなるかを、村の住民や役場の職員と常に話し合い3年間を乗り越えました。これからは神恵内村だけでなく全国の地域を盛り上げていきたいと考えています。その中でオープンイノベーションを実現するために、他社、ビジネスパートナー、スタートアップの方々と一緒になって進取果敢に取り組んでいきたいですし、ただの地方創生ではなく、皆さんといっしょに未来を創造していきたいと思っています。
大企業・スタートアップ・地域における
DX推進の課題と解決策
セッションの最後には、富士通の福田をファシリテーターに、会場の参加者から寄せられた質問を織り交ぜながら質疑応答が実施されました。
福田:最初の質問です。神恵内村のような取り組みは他の地区でも継続しているのでしょうか。
福地:現在全国20地域に22名の人材を派遣中です。愛知県の美濃加茂市や北海道大学、東北地方の観光DMOなどを支援しています。
福田:水野さんに質問です。日本の大企業は魅力的だけど「何も決めない」「意思決定が遅い」「ビジョンがない」といった理由で付き合いにくいという声をさまざまなスタートアップから聞いています。日本のすべての会社が一緒ではないと思いますが「もっとこうするとスタートアップと上手に付き合える」「外部の力を借りやすい」といったアドバイスがあればお願いします。

議論が白熱するパネルディスカッション
水野氏:これまで十数年でさまざまな企業を見てきた中では、スタートアップに直接触れて、新しいビジネスや未来を創造することにコミュニケーションを取っている方のモチベーションは非常に高いと思います。特に役員や経営陣は必要性を認識していて、マクロ的・客観的に見ることができるので非常にポジティブです。
一方で問題になるのは現業の方を巻き込むときです。現業が主ですし、P/Lもある、そこにプラスアルファで新しいことをしてもインセンティブがないので、必然性が社内に存在していません。現場・推進者・経営層という三つのステークホルダーの目的や共感が分断されてしまうケースがほとんどだと思います。
福田:私も外資であるドイツの会社から5年前に富士通に来ましたが「ものすごく真面目に仕事をしているな」というのが感想でした。上司から何も言われなくても真面目に仕事をする。ただ、仕事をすることが仕事になっていて余裕がないわけです。新しいことに挑戦したり、スタートアップのイベントに行ったりといった余力を生み出す。あるいは仕事のための仕事を減らし、空いた時間で新しいことにチャレンジする。富士通の社内ITでは週に1日、20%までは上司の許可なしで好きなことをして良いという取り組みをしています。こういうことをすると、いま水野さんからご指摘いただいたところも改善すると思います。
続いての質問、神恵内村での活動で富士通が得たものは何でしょう。福地さんお願いします。
福地:富士通としてはDX人材を派遣しないと見えてこなかった現場の課題を得られたのではないかと思います。なかなか地域の声が届かないという課題があったので、そこの仕組みを築けたのは大きかったと思います。
福田:富士通としては、どのようなことで収益と両立するのかというご質問もいただいています。現時点では両立していません。富士通は、今後どのようなところに価値を作る会社になるのかを経営陣でもディスカッションして決めたアクションであり、必ず収益に結びつくと信じていますし、どのように結びつかせるのかを試行錯誤していく覚悟です。
最後の質問です。デジタル化からDXにマインドを転換する、あるいはしてもらうために意識していること、心がけていることはありますかという質問です。福地さんは、役所の職員や住民のデジタルマインドを変えるために工夫したこと、水野さんはマッチングをする上で会社の方々の意識を変えるために工夫していることを教えてください。
福地:職員が実現したいことは何かを言語化し、それをうまくつなぐことで巻き込むことを意識しました。本当に職員が実現したいこと、村の住民が幸せになるにはどのようにすれば良いかを一緒に話して、そこにデジタルが活用できるのであれば使ってみようという姿勢で取り組みました。
水野氏:スタートアップと組んでオープンイノベーションをすることが主目的になりがちですが、それは手段でしかありません。私たちは「本当の目的は何か」を明確にすることにこだわっています。
福田:富士通の視点から見ると、福地さんのような人材が間違いなくDX人材です。自分で問いを立て、自分で行動して試行錯誤し、誰から言われたでもなく進んでいく。その過程の中に道具としてデジタルがあるということです。皆さんの会社にどのくらいこういう人材がいるでしょうか。
こういうDX人材をどれだけ社内で持てるかが、それぞれの会社や組織の未来に関係すると思います。私たちの世代が、それぞれの組織でかっこいい背中を見せながら、福地さんのような人材を作るとともに、活躍の場を与えられるようになると良いと思います。
Crewwの水野氏からスタートアップ企業のオープンイノベーションについて発表がありました。「ニーズの多様化」と「サイクルの短期化」によって単独企業ではイノベーションが難しくなっており、オープンイノベーションが必要になっているという説明にとても納得しました。
そして、受注・発注という縦の関係でなく、企業規模に関係なく共創によって推進する横の関係が重要という話もとても腹落ちしました。
また、既存ビジネスを小規模に行うスモールビジネスとゼロからビジネスを創出するスタートアップの違いを明確に説明頂き、自分もゼロからビジネスを生み出せるようになりたいと強く思いました。
広報委員 株式会社エムエムインターナショナル 山宿信也
