会報Family409号BranChannel From東北支部連動記事


東北大学サイエンスパーク構想の中核を成す、次世代放射光施設「NanoTerasu(ナノテラス)」

写真提供:東北大学

東北大学様が推進するサイエンスパークと、その目玉となる次世代放射光施設「NanoTerasu(ナノテラス)」をご紹介し、大きな反響を集めました。そこで今回は、誌面では語りきれなかったNanoTerasuの価値や、その可能性について詳しく紹介していきます。

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放射光がもたらすイノベーション

そもそも「放射光」とは、物質の原子を構成する素粒子である「電子」から生まれる光のことです。
電子を光速近くまで加速したうえで、電磁石などで進路を曲げると、電子から光が放たれます。放射光の正体はX線などの電磁波で、X線を対象に当てることで、肉眼では捉えられない物質の性質を明らかにします。



写真提供:東北大学
放射光施設とは、この放射光を発生させ、様々な実験に用いる施設のこと。近年、放射光は学術研究や産業技術開発のためのツールとして注目されており、世界中で放射光施設の建設競争が進んでいます。
日本では、1997年に兵庫県の播磨科学公園都市に大型放射光施設「Spring-8」が建設され、長寿命リチウムイオン電池の開発や、光合成に重要な物質の構造解明、さらには小惑星探査機「はやぶさ2」が持ち帰ったリュウグウの試料分析など、幅広い分野のイノベーションを生み出してきました。
日本の科学技術の粋を集めた「Spring-8」は、誕生から20年以上を経た今でも、波長の短い「硬X線」領域では世界トップレベルを維持しています。しかし、近年、海外で建設が進んでいるのは、やや波長の長い「軟X線」と呼ばれる領域の放射光施設です。
波長が短くエネルギーの高い硬X線は、強い透過力を活かして、物質深部の微細な構造を見ることに優れています。一方、軟X線は、透過力がそれほど強くないため、物質表面の状態変化を見ることに優れています。ごくごく大まかに言えば、物質の構造を把握するなら硬X線、物質の機能を把握するなら軟X線が適していると言えます。

>>>>詳しくはこちらの動画をご覧ください
動画A:放射光についての解説動画(0分31秒)


図:光の波長と名称、観測対象とのサイズ比較

世界から大きく差を付けられた軟X線領域で、輝度の高い高性能な放射光を生み出す「次世代放射光施設」の建設は、日本産業界の国際競争力を高めるうえで重要な課題となっていました。
そこで、文部科学省は2018年7月、「官民地域パートナーシップによる次世代放射光施設の推進」を発表し、地域パートナーとして、東北大学が宮城県や仙台市、東北経済連合会などとともに設立した一般財団法人光科学イノベーションセンター、略称PhoSIC(フォシック)を選定しました。
こうして、東北大学の青葉山新キャンパスにおいて、次世代放射光施設「NanoTerasu(ナノテラス)」が建設されることになったのです。


図:次世代放射光施設の国際競争力

ナノの世界を照らす光、「NanoTerasu」を軸としたサイエンスパーク構想

次世代放射光施設「NanoTerasu(ナノテラス)」とは、その名のとおり、ナノ(10億分の1)の世界を明るく照らして観察するための施設です。
公募により決定した愛称には、日本神話の「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」のごとく、世界に豊かな実りをもたらしてほしいとの願いが込められています。
NanoTerasuの外見上の大きな特徴が、円と直線からなる独特の構造。直線部は電子を加速させる施設で、円形部は電子を曲げて放射光を取り出す施設です。先行するSpring-8もほぼ同様の構造ですが、サイズはかなり異なります。
直線部は、Spring8が約700メートルに対し、NanoTerasuは約110メートル。円形部の周長は、同様に約1,400メートルに対し約350メートルと、非常にコンパクトになっています。それでいて、放射光の品質は従来を大幅に上回っており、まさに世界最高峰の次世代放射光施設と言えます。


写真:建設が進む次世代放射光施設「NanoTerasu(ナノテラス)」写真提供:東北大学
一般財団法人光科学イノベーションセンター (phosic.or.jp)

東北大学では現在、青葉山新キャンパスにおいて、NanoTerasuを核としたサイエンスパークの整備を進めています。
仙台駅から地下鉄で9分という、仙台市街の西の丘陵に位置する青葉山新キャンパスには、すでに教育研究施設や飲食店、保育所等が設置されています。サイエンスパークゾーンには、産学官金の多様な研究グループが入居可能な研究棟の整備が進んでいます。


写真:東北大学青葉山新キャンパスに整備中の「サイエンスパーク」写真提供:東北大学(一部CG加工)

現在、この地に整備を進めるサイエンスパークが、“産学官金”の結節点となり、様々なステークホルダーとの共創を通じて、社会課題の解決や新たな社会価値を生み出す「創造のプラットフォーム」となることが期待されています。

予想を超えた破壊的イノベーションを生むための、新たな産学連携のカタチ

NanoTerasuを核としたサイエンスパーク構想の背景には、「月面に人を送り込む」というミッションのもと、燃料電池や携帯電話、浄水器、フリーズドライ食品、義肢、LED、断熱材など幅広い分野のイノベーションをもたらした「アポロ計画」があると言います。
PhoSIC理事長を務める高田教授は「不可能と思われる課題への挑戦が、飛躍的なイノベーションを引き起こしたように、これまで見ることのできなかったナノの世界を明るく照らし、観察可能にすることで、誰も予想もできなかったイノベーションが生まれてくるかもしれません」と語ります。
「例えば材料中の元素の状態や、物質内の化学反応プロセスなどを、実際に目で見て把握できるようになれば、従来はデータをもとに仮説を立て、検証を繰り返すしかなかった実験・研究サイクルを高速化でき、スピーディーな課題解決を導けるようになります」。


写真:一般財団法人光科学イノベーションセンター(PhoSIC)理事長を務める東北大学総長特別補佐、高田昌樹教授

NanoTerasuが照らす対象は、化学品や医薬品、電子デバイス、農産物、生体組織などあらゆる分野に及び、幅広い産業分野でイノベーションをもたらすことが期待できます。このため、東北大学およびPhoSICは、幅広い産業分野の企業にコラボレーションを呼びかけています。
「その際、放射光についての専門的な知識は必要ありません」と高田教授は語ります。「あらかじめ勉強されると、『放射光で解決できそうな課題』ばかりが持ち寄られて、破壊的なイノベーションにはつながりません。むしろ、一見して放射光とは関係なさそうな課題をお寄せいただくことが、私たちにも予想できなかった新たなイノベーションを導くことになります」と高田教授は語ります。


図: 初期運用する7本の放射光ラインで、社会課題の解決に向けた多彩な研究に貢献

こうした狙いを実現するための新たな産学連携の仕組みが「コアリション(有志連合)」コンセプトです。コアリションに参加する企業(産業メンバー)は、一定の資金を拠出することで、学術メンバーからNanoTerasuを使った実験およびデータ分析などの支援を得られるとともに、研究者との産学連携マッチングも受けられます。
これにより、産業メンバーは放射光に対する専門知識がなくとも高度な研究開発が可能になり、学術メンバーは研究支援を通じて新たな知見や気付きを得ることができ、今後の研究活動に還元していくという、Win-Winの共創関係を築くことができます。


図:「コアリション(有志連合)コンセプト」の仕組み

東日本大震災からの復興と、日本産業界の再生を目指して

NanoTerasuの建設は、もともと東日本大震災からの復興支援として、東北の地に科学技術イノベーションの集積地を作ろうとの想いからスタートしました。
当時、Spring-8の副センター長を務めていた高田教授は、震災の一報に触れると即座に行動を開始しました。「世界でトレンドになっている次世代放射光施設を日本で建設する必要があり、Spring-8との地域バランスを考えれば東日本が望ましいとの考えは、以前からありました。ぜひ、それを東北で実現しようと、各方面に働きかけたのです」と高田教授は当時を振り返ります。


写真: 東日本大震災で被災した宮城県七ヶ浜町の風景(写真提供:東北大学)

2023年1月、仙台市第三高等学校で開催された「第3回先端科学講演会」に登壇した際、高田教授は生徒たちに「NanotTerasu計画は、向こうから東北にやってきたものではない、東北が震災を乗り越えて勝ち取ったものです」と語りかけたと言います。講演後は生徒から多くの感想が寄せられ、中には「NanoTerasuは、私たちがこれから参加し、作り上げていくものだとわかった」との声もありました。
この言葉に象徴されるように、サイエンスパーク構想には、多くの地元企業が産業メンバーとして参加を申し出ています。いずれその輪に、この講演を聞いた生徒たちが、産業メンバーとして、あるいは学術メンバーとして、加わる日がくるかもしれません。
高田教授をはじめ、東北大学およびPhoSICのメンバーは、地元企業に限らず、国内の幅広い分野・規模の企業に参加を呼びかけています。
「NanoTerasuは、この国全体でイノベーションを起こすための施設であり、大企業も中小企業もなく、地域も業種業態も関係なく、みんなが主役です。それぞれが蓄積した強みを持ち寄って、一緒に次の世界一を生み出しましょう!」この高田教授の呼び掛けに興味を持たれた方には、ぜひ一度、東北の地を訪れ、その目でNanoTerasuを見てみることをお勧めします。

デジタル冊子

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