DX実践企業の取り組みに学ぶ

あいおいニッセイ同和損害保険株式会社のテレマティクス損害サービス 事例

いかにDXに取り組むか。その絶好の教科書となるのが、実際にDXを実践した企業の実例だ。ここでは、自動車のIoT化をはじめとした環境変化を背景に、デジタルデータを活用したテレマティクス損害サービスをいち早く導入した、あいおいニッセイ同和損害保険の取り組みを紹介しながら、DXを成功に導くヒントを分析していこう。

石田 和人

あいおいニッセイ同和損害保険株式会社
IT統括部 課長補佐

羽豆 竜太

あいおいニッセイ同和損害保険株式会社
IT統括部 課長補佐

保険業界におけるDXの好例、テレマティクス損害サービスとは

あいおいニッセイ同和損害保険が富士通および国内のITベンダー計7社と共に開発した事故対応サービス「テレマティクス損害サービス」が、保険業界におけるDXの好例として注目を集めている。

「テレマティクス」とは、「テレコミュニケーション」と「インフォマティクス」を組み合わせた造語で、GPSやドライブレコーダーなどの車載デバイスと移動体通信システムを組み合わせたサービスの総称であり、近年、欧米を中心にテレマティクスを活用した自動車保険が普及しつつある。

テレマティクス損害サービスとは、テレマティクス自動車保険の加入者が事故を起こした際に、車載デバイスから得られたデータを基に、事故状況を正確かつ客観的に把握することで、示談交渉や保険金請求手続きなど事故対応における加入者の負担を大幅に軽減するサービスだ。(図1 参照)

図1●テレマティクス損害サービスのイメージ

このサービスが登場した背景には、近年の自動車のIoT化だけでなく様々な環境変化があるという。「まず顧客環境としては、少子高齢化に伴う高齢者による自動車事故の増加や、あおり運転をはじめとしたモラル上の課題などが挙げられます。自動車を取り巻く環境は変化しており、安全運転をサポートする保険と、事故時のよりきめ細やかな対応へのニーズが高まっています。一方で、業界環境としては、他業種からの参入やWeb営業をはじめとした顧客接点の多様化などによる競争環境の激化があります。こうした背景の下、IoT化した自動車から得られるデータを、損害保険会社が提供するサービス価値の向上につなげていこうという発想が生まれたのです」と語るのは、本サービスの開発を牽引した同社IT統括部の課長補佐、石田和人氏だ。

こうした環境変化にさらされているのは競合他社も同様のはずだが、その中で同社が「テレマティクス損害サービスのパイオニア」として注目される理由はどこにあるのだろうか。その疑問に石田氏はこう答えた。「最大の要因は、当社経営陣の“先見の明”にあると思います。当社では、まだ日本ではテレマティクス自動車保険が知られていなかった頃から情報収集に努め、2004年には国内初の実走行距離連動型自動車保険『PAYD(ペイド)』を発売。さらに2015年には、この分野の先進国である英国のテレマティクス自動車保険大手、Box Innovation Group 社の株式を取得しました。こうした先進的な取り組みを通じて、社内にテレマティクスに関する知識やノウハウが蓄積されていたからこそ、国内でも前例のない取り組みにもいち早く挑戦できたのだと思います」

データを全社の財産として共有し“集合知”によって有効活用を図る

社内に蓄積された多様なデータの価値を見出し、新たなサービスモデルを創造するのはDXの基本といえるが、その取り組みを阻害する要因は大きく2つ考えられる。1つ は「 各部門の保有するデータを全社で活用できない」。もう1つが「どのデータからどんな価値が見出せるか、AIなどの専門知識がないとわからない」。同社の場合、こうした障壁はなかったのだろうか。石田氏は「少なからずありました」と振り返る。

「それらを打破できたのは、部門横断型のICTプロジェクトが強いリーダーシップを発揮したからこそだと思っています。各部門が持っているテレマティクス関連データや損害サービスのスキームに、プロジェクト体制の中でIT部門が先進的なデジタル技術で横串を通すことで関係部署が一体となり 、テレマティクス損害サービスの構想が固まっていったのです」

どの会社でも、各部門が持つデータやノウハウは「自部門の財産」に留まりがちだ。しかし、各部門がそれぞれ個別で有効活用を図ったとしても、そこには自ずと発想の限界がある。各部門のデータを「全社の財産」として共有し、それぞれの知見・ノウハウを持ち合って有効活用を図る――こうした仕組みがあってこそDXを実現できるということが、同社の事例から伺える。

前例のないスキームを実現するためのシステム開発のあり方を探る

サービススキームが明確になった後は、スキームを実現するためのシステム構築が必要だ。「テレマティクス損害サービスシステム」の開発は、大きく4つのステップで進められたが(表1参照)、その経緯をIT統括部課長補佐の羽豆竜太氏に説明いただこう。

表1●テレマティクス損害サービスの開発ステップ

ステップ 機能 内容 リリース
1 テレマティクス情報の可視化 GPSなど車載デバイスからのデータを基に、運転軌跡や標識、速度、天候などをビジュアル化 2019年4月
2 事故のリアルタイム検知 衝突時のデータをAIに学習させることで、精度の高い事故検知機能を実現し、保険会社側でのリアルタイムな事故検知を可能に 2019年10月
3 事故状況の詳細把握 GPS やドライブレコーダーから得られる、事故現場の状況や相手車両の運転挙動などを AI で解析し、事故状況を機械的に再現 2020年9月
4 過失割合の判定サポート AI により再現された事故状況を基に、判例情報と照らし合わせて過失割合の判定をサポート 2020年9月

「本システム全体の基盤となるのが、ステップ1で構築したデータの可視化機能です。これは、GPSから得られる位置情報データと、各種の車載デバイスから得られる走行データを基に、事故発生に至る運行軌跡や運転挙動を可視化するもの。従来ならお客様の証言というアナログデータに頼るしかなかった事故対応が、客観的なデジタルデータを活用することで、より効率的かつ正確に行えるようになり、お客様の負担軽減につながります」。事故に遭った当事者の証言は主観的なものになりがちであり、事故のショックもあって曖昧なものになりかねないことを考えれば、事故対応に客観的なデータを活用できるメリットの大きさがわかるだろう。

「ステップ2では、リアルタイムに得られる走行データをAIで解析することで、保険会社側でいち早く事故を検知する機能を実現。さらにステップ3では、ドラレコの画像データを解析して、相手車両の速度や、信号など周辺環境を含めた事故状況を把握できる機能。ステップ4では、把握した結果を判例情報と照らし合わせて過失割合の判定をサポートする機能を開発しました」

本システムは2019年4月にステップ1の機能のみでリリース。その後も蓄積されたデータを基に研究開発を続け、2020年9月にすべての機能をリリースした。驚くことに、開発当初は後半ステップの実現性が不透明だったという。にもかかわらず、約1年半という短期間で実現できた背景には、どんな工夫があるのだろうか。

私たちの最終目標は、お客様によりご安心いただける損害サービスを実現すること。そのために必要な機能やデータを明確に定義し、段階的に積み上げていきました。ステップ1の開発過程でも、以降の機能を実現するためには、どんなデータを、どう可視化すれば良いかを検討しながら進めていたのです」

はじめにサービスの全体像を明確に描き、そのために必要なデータやシステムを整備していくことが、プロジェクトの成功につながる。DXにおいて構想段階がいかに重要かを物語る事例といえるだろう。

外部パートナーとの“共創”がもたらす新たな価値

業界に先駆けてDXを実現できた理由として、石田氏・羽豆氏は共に「安全・安心なクルマ社会の実現に貢献したいという使命感」「お客様により良いサービスを提供したいという想い」と並べて「パートナー企業との強固な連携」を掲げる。

確かに、ユーザー企業がDXを実現するうえでは、SIerなど外部の専門企業の支援が欠かせない。今回のプロジェクトでも、富士通の持つ高精度な画像認識技術や、画像データに基づく速度解析技術、さらにはAI技術が大きな役割を果たしたが、両者の間ではどのような連携が行われたのだろうか。その質問に、羽豆氏は「単に先進的な技術を提供してもらうというだけでなく、一緒に知恵を出し合って新しい価値を生み出すパートナーという認識でした」と答える。

「富士通さんに当社のサービスセンターを見学してもらうなど、損害サービスについて理解を深めていただく一方で、私たちも富士通さんからAIの仕組みを学び、必要な機能を実現するためにはどんなデータが必要なのかを把握していきました」(羽豆氏)。

こうした“互いに学び合う姿勢”を共有できたからこそ、同社の持つ損保ビジネスの知識と、富士通の持つ先端ICT知識が融合し、前例のないシステムが実現できたのだろう。

AIによるドライブレコーダー画像の解析

DXで得られた成果を、次なるDXにつなげていきたい

テレマティクス損害サービスは、事故対応の客観性や効率を高め、対物賠償保険の支払所要日数を大幅に削減するなど、保険加入者からの好評を得ており、競合他社でも追随の動きが見られるという。同社はこの成果に満足することなく、さらなる精度向上と共に、次なる展開を検討しているという。

「本システムに蓄積されるデータを貴重な資産と捉え、自動車会社や道路会社、自治体などとも連携しながら、安全運転や事故防止、さらには自動運転の実現など、より安全・安心なクルマ社会の実現に役立てていきたいですね」(石田氏)。

そんな同社の活躍に期待しつつ、両氏からいただいた読者へのメッセージで本稿を締めくくろう。

「私たちは本システムの構築を通じて、社内の各組織をつないでいったと感じています。多くの会社では、業務システムや、そこに蓄積されたデータが部門ごとに管理・運用されていると思いますが、組織の枠を越え、データで部門間をつなげることが、新しい価値の創造につながると思います」(羽豆氏)。

「今回のプロジェクトを通じて、異なる知見やノウハウを持った企業間の協業が、新しい価値を生み出すことを実感しました。今後もDXを考えていくうえで、自社に閉じるのでなく、幅広いコネクションを意識していきます。DXを検討中の皆様も、幅広い分野の企業と対話して、共に新しい価値を生み出してほしいですし、その中に当社もいれば嬉しく思います」(石田氏)。

取材協力)あいおいニッセイ同和損害保険株式会社 事業内容:損害保険事業
https://www.aioinissaydowa.co.jp/

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