DXの専門家に聞く、なぜ今DXなのか
2018年に公表された「DXレポート」を機に、幅広い産業分野でDXへの取り組みが模索されている。しかし、DXに対する理解度や取り組み状況は企業によって大きく異なり、「どう取り組めば良いか」といった悩みも聞こえてくる。そこで今回の特集では、業種や業態を問わず、デジタルによって現状打破を図るすべての企業に、DX実践のためのヒントを紹介していく。まずは、FUJITSUファミリ会会員企業2社からDX担当トップをお招きし、DXの専門家を囲んで実施した討論会の模様を紹介しよう。
今井 俊哉 氏
戸田 晴康 氏
藤田 進 氏
各産業分野で高まりつつあるD X へ の"本 気 度"
今井——DX」という概念が意識され始めたのは約5年前からですが、当初は「D」を中心に議論され、デジタルやデータを駆使して何かできないかという、いわば「Nice to Have(できたらいいな)」の取り組みでした。新型コロナ対応に象徴されるように、最近になって「X」、つまりトランスフォーメーションへの本気度が高まってきたように感じていますが、お2人の会社ではいかがでしょうか。
戸田——私は日本通運に入ってまだ2年目で、それ以前は富士通さんの商売仇でしたので(笑)、今井さんのおっしゃっていることはよくわかります。私のように、各業界のDX担当者で、最近、IT業界から移ってきたという人は珍しくありません。それだけユーザー企業の間で「変革しないと生き残れない」という危機感が高まっているのだと思います。
藤田——当社でもDXの必要性は感じていて、本来ならば今年度からDXプロジェクトを立ち上げる予定でしたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響が深刻で、費用削減のための工数削減プロジェクトに変更となり、その一部でDXも検討している状況です。こうした企業は少なくないと思いますが、DXへの取り組みを本格化させるためには何が必要なのでしょうか。
今井——企業のDXへの取り組み度合いは、やはり経営陣の課題意識や危機意識に左右されるでしょう。事業をトランスフォーメーションさせるというのは、容易なことではありません。まずは経営陣が本気で変革に取り組むことを、全社に向けて宣言する必要があると思います。
戸田——経営陣が「Must(やらねばならない)」と認識するのは、大きく「やらないと損失が大きい」「やらないと社会的な信頼が失われる」「現状では効率が悪すぎる」の3パターン。これらのリスクを数字やデータで説得力を持たせて、経営陣に理解させるのがDX担当者の役割ではないでしょうか。
藤田——なるほど。当社では、車内への幼児置き去りを防止するために駐車場の監視システムの導入を検討しています。その際、対策を怠ると業界全体の信頼失墜につながることに加え、監視システムなしで巡回した際の労力や費用、効率などを経営陣に具体的に示すことで、導入の必要性を納得してもらいました。DXの必要性を訴えるうえでも、こうしたデータやファクトに基づく説得が必要になるということですね。
今井——素晴らしい取り組みですね。ただ、いくら経営陣が本気になって宣言したとしても、それだけでは現場が動かないこともあります。トランスフォーメーションを実現するには、担当部門だけでなくバックヤードなど直接的には関係ない部門にも変革が求められるため、社内の各部門に対して、変革の必要性や緊急性を、より具体的に数値やデータを用いて説明する必要があります。これもDXの難しさの1つですね。
業界によって異なるDXの課題
今井——本日はせっかくの機会ですので、お2人の業界それぞれにおけるDXについての現状や課題をお伺いできればと思います。まずは物流業界からお願いできますか。
戸田——当社のような物流企業は、従来は個別企業の物流課題へのソリューションを提案することが役割でしたが、環境変化が激しい昨今では、むしろ業界全体の課題に対応するプラットフォームサービスが重視されています。そうしたパラダイム転換を実現するためのキーワードとして、DXが注目されている状況です。
今井——個別企業から業界全体へという視点の変化は、物流という社会インフラを担う企業ならではの課題意識といえるでしょうね。
戸田——難しいのは、当社の看板を掲げたプラットフォームだと、ユーザーがデータ提供を躊躇しがちなところです。いかに多くのユーザーに活用してもらうかが課題になります。政府と手を組んで公共化するという方法もありますが、時間もかかるうえに利益率も低下しかねないので、まずは意識の高い企業とスモールスタートして、その成果をアピールしながら広げていく形になるでしょうね。
今井——新しいビジネスモデルやスキームを創造して終わりではなく、それらをいかに社会に活用してもらうかというのも、DXの大きな課題ですね。アミューズメント業界ではいかがでしょうか。
藤田——近年のパチンコ筐体はデジタルデバイスの塊ですので、そこから多種多様なデータを取得してマーケティングなどに活用したいとは考えていますが、規制が厳しい業界でもあり、いわゆる“個客”データの取得や活用が進めづらいのが難点です。
今井——アミューズメント業界は人口減の影響で市場が漸減しているので、これまでとは違った収益モデルを育てなければという危機感も強いのではないでしょうか。
藤田——可能性を感じているのはパチンコ筐体の有効活用ですね。デジタルを活用して機種ごとに生み出す利益を予測することで、筐体の買い替え時期や中古台として売却する適切なタイミングを判断でき、収益構造を改善できるのではないかと考えています。
今井——既存資産をいかに有効活用するかを考えるのも、DXの重要なテーマです。一例を挙げると、年間で数日しか使用機会のない日本の農機を海外にレンタルして、アフタービジネスを活性化させる試みも始まっています。デジタル技術を活用した中古市場の活性化は、DXの1つのヒントになるかもしれませんね。
DX人材をどう確保し、どう育てるか
藤田——DXを推進するためには、やはり外部人材が必要になるのでしょうか。
今井——今までと違うことをやろうとすると、やはりケイパビリティギャップが生じますので、若手の育成だけでは間に合わず、外部人材の採用は不可欠だと思います。近年のIT業界では人材の流動化が進んでいて、副業OKというケースも増えていますので、ケイパビリティが合っている外部人材を有効活用しつつ、そういった人材による若手育成を行っていくことでカタリスト(触媒)効果も期待できます。
戸田——外部から優秀な人材を採用するには、評価体系や給与体系から見直す必要がありますし、加えて、彼らにとって魅力ある会社だとアピールするためのブランドチェンジも必要だと思います。当社の場合、「モノを運ぶ会社」と見られがちですが、実際はITを駆使して物流工程に価値を提供する「サプライチェーン・サービスプロバイダ」なので、そうした企業像をテレビCMなどで訴えているところです。
今井——外部人材には、社内の“暗黙の了解”を打破してくれる効果も期待できます。例えば、過去の失敗経験による組織的なトラウマが、DXの障壁になっている場合があります。数年前に失敗に終わった取り組みでも、技術革新や環境変化を経た現在なら成功するというケースは多々あります。
戸田——なるほど。社内ではタブーとなっていて誰も言い出せなかったことでも、怖いもの知らずの外部人材なら議題に上げることができるというわけですね。
藤田——外部人材の必要性はわかりましたが、“変えるべきもの”と“変えてはいけないもの”をしっかり区別することも大切になりますね。当社には「マルハンイズム」という企業憲章があり、業界に先駆けて対人サービスのホスピタリティを重視してきました。こうした風土は、外部からの人材にも理解してもらいたいですし、DXを実現した後も守り続けていきたいですね。
DX推進に適した企業体制とは
今井——人材確保と並んで重要なのが、どのような体制で取り組むかです。そこで大切なのが、冒頭でも述べたように「D」と「X」を分けて考えること。お2人の役割は、いわゆる「CDO(チーフ・デジタル・オフィサー)」で、いかにも技術畑の役職に聞こえますが、実際に担っているのは「D」ではなくて「X」。デジタル技術はトランスフォーメーションを実現するための手段に過ぎません。
戸田——そうですね。実はCDOも経営層も、DXを推進するうえでデジタル技術にはあまり興味がないんですね。あくまでも主眼はビジネスの変革にあって、それさえ実現できれば手段は何でも良いというところがあります。
藤田——確かに、いくらITのスキルや経験を持った人材を採用できても、実際の事業の現場を知らなければDXは実現できませんよね。単なる「IT人材」にとどまらず、「DX人材」として活躍してもらうには、IT部門に配属するよりも、事業部門に配属させて、現場でトライ&エラーを経験させた方が良いというわけですね。
戸田——確かに、当社のDXプロジェクトも、スタッフ部門ではなくソリューション部門という位置付けです。事業現場を動かす大きな権限を与えられていますが、当然、失敗した際の責任も厳しく問われます(笑)。
今井——実際のところ、IT部門は社内のサービス部門と捉えられがちで、DXを牽引していくのは難しい側面があります。事業を変革させる力や権限を持っているのは、やはり事業部門になりますね。
戸田——先ほど藤田さんがおっしゃったように、DXはトライ&エラーが欠かせませんが、そこで大切なのは「失敗しても構わない」という意識を全社で共有することだと思います。私たち物流業界では、お客様の荷物を運ぶうえでミスは許されないという意識が浸透していて、失敗が許されづらい風土があります。だからといって、一度の失敗ですべてを否定されていては、DXは実現できません。失敗してもチャレンジした数を評価するくらい、評価体系を見直すべきではないでしょうか。
今井——DXを担当する部門と、既存の業務を遂行する部門とでは、根本的な価値基準が異なるので、それぞれで評価方法を分けるくらいが望ましいのでしょうね。新しいビジネスが成功する確率は1~2割程度。野球でも3割バッターなら一流といわれるように、DXも失敗を繰り返す中で学習し、成功へと導いていくものですから、そこで求められるのは成功率よりも、むしろバージョンアップのスピード感でしょう。
討論を終えての感想と読者へのメッセージ
今井——本日は各業界から生の声を聞けて、大変有益な時間でした。読者の皆さんにとっても、いろんなヒントをお届けできたのではないでしょうか。最後に改めてお伝えしたいのは、DXは特別なことではないということ。環境変化に応じて事業を変革させていくのは、企業を存続していくうえで当然のことであり、その変革スピードをデジタル技術によって加速させていくことがDX。容易なことではありませんが、当社を含めた富士通グループがサポートを惜しみませんので、肩の力を抜いて取り組んでいただければと思います。
戸田——私も大変、有意義な時間を過ごせました。誌面に出せない発言も多かったので、時期が許せば懇親会などで続きを語りたいところですね。これからDXを検討される企業の方々にお伝えしたいのは、まずはDXの本質をしっかりと理解すべきということ。「D」は「X」を実現する手段であるということや、DXと単なるデジタライゼーションの違いなどを理解したうえで、照準を定めて取り組むことをお勧めします。
藤田——当社はまだまだDXへの取り組みが遅れていますので、本日の討論は大変参考になりました。当社と同様、これからDXに取り組もうと考えられている会社も多いと思います。担当される皆さんには、ぜひ、覚悟を決めて経営者に立ち向かっていってほしいと、エールを送りたいと思います。
今井——お2人とも、本日は長時間ありがとうございました。
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