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ほっ!とコーヒー 第18回

突然よみがえる“音の化石”


電話の音を再生するホームで電車を待っていた時、何処からともなく、ジリジリリーーン、ジリジリリーーン、という懐かしい音がする。「ベル音なんて、最近では駅でも使っていないはずなんだけど」といぶかりつつ、あたりを見廻してみる。
ホームのそちらこちらでは、まったく脈絡もなく入り混じる人びとの話し声。それは携帯で話している若者やサラリーマンの姿だった。あのジリジリリーーンという音も、ホームの喧騒の隙間から流れてきているらしい。

あのベル音は、そう、久しく耳にしていなかった黒電話の呼び出し音だよ。まるで“音の化石”だね。もしかして駅ではまだ、昔ながらの電話機を使っているのかしら。そんなことはないだろう。

プッシュフォン、携帯電話が当たり前になってしまった今日この頃だが、ほんの一昔前までは据置型の黒電話が当たり前だった。いつでも、だれでも、どこからでも掛けられ、受けられる通信が可能になって、呼び出し音もチャクメロだもんな。まったく機械音痴のおいらには付いていけないよ。

電話がはじめて家にやってきた時は感動だった。家族みんなが座敷に正座して、電電公社の人が配線しているのをワクワクしながら見つめていた。そうして座敷の真ん中に安置された、黒光りする重厚な黒電話。受話器が結構重かった。わが家がはじめて、正式に社会の一員になれたような気がしたものだった。
しかし電話が引かれても、一日に数度しか耳にしないあのジリジリリーーン、というベル音。もしかしたら何か特別な事態が起こったのではないかと、恐る恐る受話器を取り上げたこともあったな。
いつの間にか家の電話もプッシュフォンになり、そしてあっという間に、携帯電話が世の中全体を覆ってしまった。ダイヤルを回す時の、ゆったりまったりとした時間も、どこかに消えてしまったということか。

あれっ、またジリジリリーーンだよ。いったいどこで鳴っているのかしら。

なんだ、携帯の呼び出し音か。あの中年のサラリーマンもおいらと同世代だから、電話ならこのベル音がしっくりいくのだろうね。それじゃあおいらの携帯も、早速ベル音に設定してみよう。


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