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UPTODATE トレーサビリティ
富士通株式会社
コンサルティング事業本部   西田 広高氏


1.トレーサビリティの背景、目的

トレーサビリティの定義としてまだ明確なものはないが、「製品の生産、加工、流通、販売のチェーンの各段階でその製品個体を追跡、遡及して確認できること」ということで一般的に理解されている。

最近、トレーサビリティが重視されるようになった背景には、BSE(牛海綿状脳症)や中国産野菜の残留農薬、病原菌大腸菌O157、米の産地の偽装表示などの問題が発生し社会問題化したことが大きい。これを機に消費者が食品の安全性に対して疑念をいだくようになり、供給者側としてもこれに応える必要が生じたことである。さらにインターネットの一般家庭への普及や、ICタグというトレーサビリティを具体的に実現できる製品がすでに市場に出てきているという背景がある。

トレーサビリティの主要目的は三つある。第1は消費者に対する情報の提供、第2は万一の事故発生時のリスクに対する事業者としての備え、第3は環境保護である。

2.異なる立場からみたトレーサビリティの意義

消費者からみれば、商品に付いている識別コードをもとに商品の生産者や流通経路、生産時期などの情報についてインターネットを使って簡単に確認できるようになるため、出所や品質のはっきりしない商品を避けることが可能になる。

生産者からみれば、例えば食品では消費者に安心を買っていただくことで売上増大をはかることができる。消費者は「安全」というキーワードに敏感になっているので、先見性のある経営者にとっては商品を差別化するビジネスチャンスとなる。また、万一食品事故が発生した場合、影響範囲の早期特定、市場からの回収などリスクに対する強化という面もある。工業製品の分野では、製品のメンテナンス情報やリサイクルに必要な素材情報などを書き込んでおくことで、消費者に対するサービス性向上や資源の再利用の面で効果が期待できる。また、流通や小売分野でトレーサビリティを活用して業務を効率化、低コスト化できる可能性がある。

公共の視点からみれば、国民の食卓に安全な食品を提供するという意味で重要なテーマである。また、産業廃棄物の発生を抑えて資源リサイクルにより自然環境を保護するという観点で今後広く推進していくべきテーマである。これらは日本国内だけで実現しても国際的な協力が得られなければ実効性が少ないため、国際的にもトレーサビリティを広く要求していくべきであろう。

異なる立場からみたトレーサビリティ

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3.事例

トレーサビリティに対する取り組みは始まったばかりで、各業界で実証実験などを通じて実用化への課題を模索中といった段階である。代表的な一般事例を紹介する。

(1)食品分野

まず牛肉については、本年6月4日に牛肉トレーサビリティ法(牛の個体識別のための情報管理及び伝達に関する特別措置法)が成立し、具体的にスタートする。また、食品安全基本法(5月に成立)やJAS法の改正で食品の偽装表示などに対する罰則が厳しくなっている。下図に岩手県での「いわて牛トレーサビリティシステム」の事例を示す。

本事例は、牛の生産から流通過程の生産履歴情報を小売店の店頭と県のホームページ上で消費者に情報提供するシステムで、平成14年2月からスタートしている。牛には耳標が装着され10桁の個体識別番号で管理される。この番号は生体、枝肉、部分肉、生肉に加工されている各段階で伝達される。消費者は、この番号をもとにインターネットで生産履歴を確認することができる。システム運営に必要な費用は参加者(農家、畜産センター、県、販売店)がそれぞれ必要な労務と経費を負担している。

いわて牛トレーサビリティシステム

(2)家電リサイクル

家庭から排出される家電廃棄物は大型でゴミ処理が困難である一方、有用な資源が多く含まれている。しかし、リサイクルを前提とした設計・製造がなされていなかったため、大部分が埋め立てられている状況であった。このような状況の中で廃棄物の有効利用の観点から、特定家庭用機器再商品化法(家電リサイクル法)が1998年に成立、2001年から施行されている。エアコン、テレビ、冷蔵庫、洗濯機の4品目が特定家庭用機器として指定され、小売店は「排出者からの引取りと製造業者等への引渡し」、製造業者は「引取りリサイクル」が義務づけられている。ここで問題となるのは、工場での機器分解、資源の再利用を行うときに、その製品をリサイクルするときに必要な情報(リサイクル可能な部品、資源名など)が直ちに得られず、これを調べる手間に意外にコストがかかるという点がある。リサイクルを効率的に行うためには予めリサイクルを前提とした製品の設計・製造を行い、必要な情報がすべて製品そのものに書き込まれていることが望ましい。これを実現する有効なツールとしてICタグが注目されている。

下図にICタグを用いた家電リサイクルのトレーサビリティ実験例を示す。製造業者は製品にICタグを装着し、基本データとして品目コード、型式、製造者名、製造日、回収後の工場でのリサイクルのための工程での支援情報(例えば、冷蔵庫ではコンプレッサの有無、冷媒フロンの種別、その部品の位置など)を書き込んで出荷する。そして機器回収時にこれらの情報を読み取ることで作業を効率化できる。

ICタグを用いた家電リサイクルのトレーサビリティ実験例

4.今後、どのような方向に向かっていくか

食品に関してはトレーサビリティのない商品は販売できないか、または詳細不明ということで敬遠される可能性がある。その結果は価格で勝負となるのかもしれない。一方、本物はトレーサビリティを実現するための費用負担をいかに抑えるかという課題を抱えている。システム構築及び運用のためのコストが消費者に転嫁されて商品価格が上昇する可能性がある。いずれにせよ、本物と偽物が厳しく峻別される時代になる。

工業製品については、家電以外の例えば建材やオフィス家具などにも広がっていくだろう。雑誌・書籍についても日本出版インフラセンター(JPO)がICタグ技術協力コンソーシアムを組織してICタグの書籍への適用について検討を開始している。また、アパレル業界でもICタグを各商品に装着して在庫管理や売れ筋の分析のために応用すべく実験を重ねている。そして、これらのトレーサビリティは業界を超えて実現するため、共通プラットフォームとしてのトレーサビリティ識別コードの規格化、ICタグなどの標準化および低価格化が進むと予想される。その結果、使い捨てを当たり前とする製品は社会的に認められなくなり、設計の段階からリサイクルを前提した製品が当然となるだろう。とにかく廃棄物を投棄できる場所は極めて限られてきているからゴミを資源ととらえ再利用する以外にない。

最後に、トレーサビリティが広く普及していくにしたがい重要となるのはセキュリティである。現状ではまだ問題となっていないが、将来必ずデータの不正改ざんを試みる者が現れる。これを防ぐ仕組みが必須である。

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