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第4回 デジタル放送を支える技術と規格

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デジタルテレビ放送はアナログテレビ放送よりもはるかに多くの情報を電波にのせて送っています。アナログ放送と同じ条件で、数十倍の情報を送れるのは、デジタルだから可能な、情報の「圧縮技術」と信号の「伝送技術」によるものです。今回は、デジタル放送を支えるこの二つの技術とそれらを組み合わせたデジタル放送方式について解説します。


みかけは同じでも中身は4.5倍

アナログテレビ放送から地上デジタル放送へ、放送される情報量は大幅に増加しました。
図1は、デジタル放送とアナログ放送の画面サイズの比較です。地上デジタル放送の画面はアナログテレビ放送の4.5倍です。デジタル放送では、データ放送や電子番組表のデータ、多機能音声、字幕など、アナログ放送よりも多くの情報を映像と同時に送信しています。

図1:アナログ放送とデジタル放送の画面の大きさの比較

同じ周波数幅で4.5倍に及ぶ情報量を送ることができるのは、情報を効率的に送信するために一つひとつの情報を小さくまとめる圧縮技術と、複数のデジタル信号を1つにまとめ、その信号を一度に大量に送信できるようにする伝送技術によるものです。それぞれの技術についてお話ししましょう。

より小さくより軽く(圧縮技術)

文字情報や静止画に比べて、音声や映像は情報量が爆発的に大きくなります。
非圧縮の640×480ドットのフルカラーの静止画ファイルの大きさは900KB(キロバイト)です。テレビの映像は1秒間に30枚の画像の連続表示で再現していますから、1秒間の動画に必要なデータの大きさは27MB(メガバイト)、1時間となると97GB(ギガバイト)にもなります。この大きさでは映像の再生どころか、データの移動やコピーもままなりません。

図2:動画の圧縮と非圧縮

そこで圧縮技術の出番です。図2のように、DVDビデオは、情報量を50〜60分の1に圧縮し、DVDメディア1枚(単層 4.7GBの場合)に2時間のビデオ映像を記録することができます。地上デジタル放送は、さらに圧縮率を高めてアナログ放送と同じ条件でハイビジョン映像と多機能音 声を放送しています。
「情報圧縮」は、今日の映像や音声などマルチメディアデータの利活用に欠かすことのできない技術です。

MPEGによる圧縮規格

デジタル放送やDVDビデオに採用されている代表的な圧縮技術が、MPEG(Motion Picture Experts Group)規格に基づくものです。
MPEGは、1988年にISO(国際標準化機構)に設置された音声・映像圧縮技術の専門家の団体の名称です。携帯音楽プレーヤに使われているMP3(MPEG-1 Audio Layer3の略)をはじめ、DVDからデジタル放送まで幅広く利用されているMPEG-2、モバイル受信を前提としたMPEG-4など次のような圧縮方式が規格化されています。

表1:MPEG規格
規格名 転送速度 解説
MPEG-1 1.5Mbps VHSのビデオ並みの画質。Video CD(注1)などで利用されている。
MPEG-2 4〜15Mbps S-VHSビデオ並みの画質。DVD-VideoやATSCなどのデジタル放送などで利用されている。
MPEG-3 - MPEG-2に吸収されてしまい、存在しない。
MPEG-4 64kbps 携帯電話や電話回線などの通信速度の低い回線を通じた、低画質、高圧縮率の映像の配信を目的とした規格であったが、最近ではMPEG-4の中の一部の規格が高画質、高圧縮率として注目されている。
MPEG-7、21など - 動画や音声などのマルチメディアコンテンツを検索や保護のための標準技術の規格で、圧縮技術ではない。

注1 Video CD:音楽用CDと同じ記録方式でビデオを収録したもので、画質はVHSビデオ並。日本国内ではほとんど普及しなかった。(MPEG-5、MPEG-6は欠番)

MPEG圧縮の仕組み

テレビやビデオは1秒間に30枚の画像で構成されています。動画を構成する画像を「フレーム」と呼びます。
MPEG-2の動画圧縮の第一段階は、この1枚1枚のフレームの圧縮です。「フレーム内圧縮」と呼ばれます。図3のように、900KBになる640×480ドットのフルカラーの非圧縮画像は、デジタルカメラやWebなどでおなじみのJPEG形式にすると10分の1程度まで圧縮され、ファイルを90KB程度にまで小さくすることができます。これをフレームにも適用して圧縮します。

図3:JPEG圧縮の仕組み(静止画に対して行われるフレーム内圧縮)

さらに、MPEG圧縮では、連続した複数のフレームにわたって圧縮を行います。「フレーム間圧縮」と言います。元になる画像と動きにつれて画像が変化した部分だけを記録して情報量を減らします。例えば、図4のように、背景は変わらず飛行機だけが動いていくような場合、背景のほとんどの部分は変化がありません。そこで飛行機と背景の一部だけを記録して情報を減らします。

図4:差分情報の記録(動画に対して行われるフレーム間圧縮)

しかし、実際の映像は、図4のような画面ばかりではありません。スポーツ中継では背景になる観客席全体にいつも動きがあり、図4のような方法では圧縮できません。
そこで、MPEG-2では、フレームを15枚ずつ1つのグループにし、その中の元になるフレームと直前のフレームを比較して映像がどの方向にどのように変化するかを調べます。その結果から予測されるフレームを作ります。さらに基準となるフレームと予測して作られたフレームの間を補うための画像を作り出します。これらを、図5の下段のように並べます。
この仕組みをGOP(Group Of Picture)と言い、MPEGが高圧縮を実現する基本的な原理です。MPEG映像は2組のGOPで1秒間の映像が作られます。

図5:MPEG圧縮の仕組み(GOP)

さらに、どう変化したかという比較は、画面を細かなブロックに分けてそのブロックごとに行っています。画面の変化が激しすぎたり圧縮率が高すぎてブロックが大きくなり過ぎたりすると、直前の画像と差が大きすぎてブロックごとに表示が乱れます。これがブロックノイズ(図6)と呼ばれるもので、DVDやデジタル放送で激しい動きのあるシーンや大きな場面転換時に発生することがあります。

図6:ブロックノイズ

非可逆性圧縮と可逆性圧縮

圧縮には2つの方法があります。一度圧縮したら、元の状態に戻せない方法と元に戻せる方法です。
一度圧縮すると元に戻せない圧縮方法を「非可逆性圧縮」といいます。
JPEGやMPEGが非可逆性圧縮です。情報が間引きされてしまうために元には戻りません。画像や音声・動画などのマルチメディアデータはデータが大きくなりがちですが、情報量は用途に応じて必要十分であればよく、画像や映像は見た目で問題なければよいのですから、情報を間引きして減らします。間引きされた情報は元に戻らないので、非可逆性圧縮を繰り返すとデータはどんどん劣化します。JPEGやMPEGでの保存はデータ加工や編集の最終段階で、できれば一度だけ行うようにするのが理想です。
一方、圧縮しても元に戻せる圧縮方法を「可逆性圧縮」といいます。
文字や数値、設計図面のようなデータは、ファイルが大きいからと言って情報を間引くような方法で圧縮することはできません。こうした圧縮データは100%元のファイルの状態に復元されなくてはなりません。パソコンでなじみのあるZIPやLHAが可逆性圧縮です。
最近では、ブロードバンドの普及、メディアやストレージの大容量化、パソコンの処理能力の向上で、大容量のデータが扱いやすくなってきています。そこでマルチメディアデータの可逆性圧縮が注目され始めています。これを「ロスレス圧縮」と言います。高品質な映像や音楽へのニーズの高まりに伴い、今後増えてくるものと思われます。

より速くより多く(伝送技術)

デジタル放送を支える技術として圧縮技術とともに重要なのが伝送技術です。
映像や音声信号と同様にデジタル信号もそのままでは遠くに送ることはできません。放送用電波として最適な周波数帯の電波に載せて信号を遠くまで送ります。その信号を運ぶための電波を「搬送波」(またはキャリア)と言い、信号をこの搬送波に載せることを「変調」と言います。
デジタル放送では、伝送の効率を上げるために2段階の変調方法をとっています。1つは一度に複数のビットが送信できるように変調する方式(多値デジタル変調方式)、もう一つは多数の搬送波を用意して同時並行(パラレル)に変調された信号を送信する方式(OFDM方式)です。

複数のビットをまとめて変調

デジタル信号の最小単位は1ビットで、「1」か「0」のどちらかの値になります。これを2値信号と言います。
この2値信号を下の図のように足し合わせると4、16、32、64というように複数の値を1つの信号にまとめることができます。もちろん、元の4〜64の値に戻すことができます。この方法で放送信号を変調するのが「多値変調」です。

図7:デジタル多値変調の仕組み

多くの搬送波で変調する

デジタル放送では、多値変調して一度に複数のビットを送れるようにした信号をOFDM(Orthogonal Frequency Division Multiple Access、直交周波数分割多重)と呼ばれる方式で放送用電波にのせます。
OFDMは、多値変調した信号を、図8のように、びっしりと並べるように用意した多数の搬送波にのせる変調方式です。通常、このように近接した周波数の電波は互いに影響しあって不要な電波を発生したり、信号が重なって部分的に強められたり弱められたりして、信号が乱れてしまいます。OFDMでは、それぞれの搬送波が影響しあわないように周波数の配置が工夫されています。
多数の搬送波で同時にデジタル信号を変調することで、一度に多くの信号を送ることができ、周波数を有効に使うことができます。また、ゴーストに強い特長もあります。無線LAN(IEEE 802.11a/g)やワイヤレスUSBにも使われています。

図8:OFDM方式の搬送波

地上デジタルの放送仕様

地上デジタル放送では、アナログ放送と同じ周波数幅でもはるかに大量のデータを送ることができる仕組みは圧縮技術と伝送技術によるものです。このように放送のための技術や規格の組み合わせを「放送方式」と言います。日本の地上デジタル放送の放送方式は、ISDB-T(Integrated Services Digital Broadcasting for Terrestrial)と言い、次のような仕様が決められています。

表2:ISDB-T方式の主な仕様
項目 技術要件
映像符号化方式 MPEG-2 Video
音声符号化方式 MPEG-2 Audio AAC
変調方式 13セグメントOFDM 方式
伝送帯域幅 約5.57MHz
最大伝送容量 23.234Mbps

ISDBには、BSデジタル放送と110°CSデジタル放送用のISDB-S(--for Satellite)、ケーブルテレビ用のISDB-C(--for Cable)、地上デジタル音声放送(デジタルラジオ)用のISDB-TSB(--for Terrestrial Sound Broadcasting)などの放送方式があります。なお、前回紹介した4つのデジタル放送のうちCSデジタル(スカパー!)だけはDVB-Sというヨーロッパで採用されているデジタル放送方式が使われています。
表3は、世界各国のデジタル放送方式の概要です。

表3:世界のデジタル放送の放送方式と採用国
放送方式 特徴 採用国
DVB 標準画質の多チャンネル化を目的に開発。ハイビジョン化も可能。採用国が多い ヨーロッパ、オーストラリア、シンガポール、台湾
ATSC シングルキャリア(搬送波)、電力あたりのカバーエリアが広い。マルチパスには弱い アメリカ、カナダ、メキシコ、韓国
ISDB 13セグメントに分割でき多様な運用が可能。送受信機器ともに複雑。採用国は日本のみ 日本のみ
DTTB 2006年発表、中国独自の方式 中国のみ

デジタル放送の技術と規格から見る今とこれから

デジタル放送の便利さや高機能を実現する技術として、圧縮技術と伝送技術、およびそれらをまとめた放送方式の概要を説明してきました。最後に、これらの現状とこれからについて簡単に触れます。
圧縮技術では、ワンセグ放送の映像圧縮に採用されているMPEG-4 AVC(Advanced Video Coding)/H.264(注2)という規格が注目されています。高圧縮かつ高精度な圧縮技術で、その分だけ再生する機器側の負荷が高くなりますが、今日では処理装置の性能の向上などにより用途が広がっています。
伝送技術では、MIMO(Multi input Multi Output)という複数のアンテナで送受信する仕組みが注目されています。無線LANのIEEE 802.11nの高速通信を実現しているのがこの技術です。放送には適用されていませんが、今後は、モバイル機器を通じた放送の視聴に利用される可能性もあります。
放送方式のうちISDB方式は、従来日本だけが採用していたのですが、ブラジルで採用されることが決定しており、南米に採用国が広がるのではと期待されています。
現在、デジタル放送は普及期にあり、放送方式としてISDB規格に定められた圧縮技術や伝送技術が変更されることはありません。しかし、ユビキタス時代と言われる今日、モバイル分野での圧縮技術や伝送技術の革新は盛んです。現在のワンセグ放送はモバイル用に1秒あたりのコマ数を減らし、画面の大きさも携帯電話のディスプレイでちょうどよい大きさです。しかし、圧縮技術と伝送技術がさらに発展すれば、走行中の電車の中でハイビジョン映像が楽しめる時代がくるかもしれません。

注2 H.264:ITU-T(International Telecommunication Union Telecommunication Standardization Sector、国際電気通信連合電気通信標準化部門)での番号です。
次回は、実際にデジタル放送を受信するためにはどうすればよいか、受信設備を中心に解説します。

参考リンク

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