白い水蒸気の雲にオレンジの炎の尾を引いて、285トンのH2Aが宇宙に駆けのぼった2001年8月29日、日本人の心の雲は吹き払われた。
1970年、L4Sロケットで人工衛星「おおすみ」を打ち上げ、75年N1、81年N2、86年H1、94年H2と成功を続けた時は、米ソとの大きな隔たりを埋める希望の星のように思われた日本のロケット技術だったが、98年以降は、一時不遇な時代を迎える。しかし、予算の削減は、かえって軽量化と強度の強化を生み、「少ない予算で高度の技術」が花ひらいたのだ。
その夢の殿堂、NASDAを訪ね、広報室、白石氏に、「宇宙ステーション計画の全体像」、「その中で、近未来の計画として最も重点を置いておられること」、「その際のITの活用」、「IT活用で得られる最大のメリット」などについてお話をうかがった。
今や国際化時代に入った宇宙開発
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国際宇宙ステーションの完成図。 日本の〈きぼう〉は、線囲みの中に取付けられる。 |
白石氏は、「宇宙開発はすでに国際化時代に入り、日本は米国・EU・ロシアと肩を並べてNASAを中心とする国際宇宙ステーションの開発と実験の重要な部門を担っています。日本は、日本初の本格的宇宙実験施設〈きぼう〉を国際宇宙ステーションに設置する予定で、NASDAを挙げてそれに取組んでいます。宇宙開発は、AからZまですべてがITと密接に関連しています」と、国際宇宙ステーションの大きな完成図(写真1)を広げて、国際的な動きを説明された。
NASDAの広大な敷地には、宇宙ステーション試験棟、宇宙実験棟、宇宙ステーション運用棟、宇宙飛行士養成棟などが点在している。広々とした芝生の中の白を基調とする建物は、アメリカの大学のよう。その、どの建物も〈きぼう〉に関わる施設という。その一つ一つを案内して頂く。
国際宇宙ステーションへの実験を重ねる 宇宙ステーション試験棟
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〈きぼう〉EM/PFM組立試験設備。 下の写真はその完成図。ドラム状の船内実験室に、船外実験プラットフォーム、船外パレット、ロボットアームなどが取付けられる。 |
最初は宇宙ステーション試験棟。
まず、〈きぼう〉EM/PFM組立試験設備に度肝を抜かれる。3階の展望窓から見下ろすと、広々とした作業場いっぱいに、巨大なドラムのような本体が見える。直径4.4メートル、長さは11メートル。これが、国際宇宙ステーションに取りつける日本初の本格的宇宙施設〈きぼう〉の船内実験室。
ドラム状の船内実験室のほか、船外実験プラットフォーム、船内保管室、船外パレット、ロボットアームなどから構成されており、2004年から5年にかけて、3回のフライトに分けて、スペース・シャトルで打ち上げられ、国際宇宙ステーションに順次組み付けられるという。
この巨大なPFM(プロトフライトモデル)は、軌道上で実際に国際宇宙ステーションに組み付けられる前に、ここで〈きぼう〉各部のインテグレーション、〈きぼう〉全体としての機能試験などが行われる由。
作業をしている人は豆人形よりも小さく見える。塵一つない清潔な作業場の中で、極微小の誤差も許されない緊張感が満ちているのだろうと、背筋がぞくぞくした。(写真右)
地上につくられた〈小宇宙〉宇宙実験棟
国際宇宙ステーションの仕様 |
寸 法 |
約110m×75 |
重 量 |
約450トン |
電 力 |
総発電力 75kw(ロシアを除く) |
与圧 モジュール |
合計容積 1140m3 |
居住 モジュール |
2個 |
実験 モジュール |
6個 |
補給 モジュール |
2式 |
乗 員 |
6〜7名(組立期間中は3名) |
軌 道 |
円軌道、高度330〜480km、軌道傾斜角51.6度 |
輸送手段 |
スペースシャトル(米国/NASA)、アリアン(欧州/ESA)、ソユーズ・プロトン等(ロシア/RSA)、H-IIA(NASDA/日本) |
通信能力 |
追跡・データ中継衛生システム(米国/NASA) その他 ロシア、日本のデータ中継衛生システム |
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電源系、熱制御系、各機器、実験装置、制御など24時間監視、制御する装置の開発も、日夜続けられている。 |
宇宙実験棟では、無重力を利用した宇宙での様々な科学実験の実施のための、技術開発や宇宙実験に先立つ地上実験が繰り返し行われている。「フローサイトメータによる培養細胞分析」「クリノスタットによる微小重力シミュレーション」「温度勾配炉による高品質半導体結晶成長実験」など、舌をかみそうな機器が揃い、生物科学系(宇宙実験に搭載する生物試料など)の実験と、材料科学の実験(材料・流体物理等の実験手順の確認、比較対照用サンプル作成など)の専門領域に分かれて、それぞれ超精密な実験が重ねられている。
どんな小さな事故も見逃さない 宇宙ステーション運用棟
宇宙ステーション運用棟は、国際宇宙ステーション全体の運用管制を行うNASAジョンソン宇宙センターの管制センターとの連携を深めている。
入り口では、宇宙服の模型をつけた人形が出迎える。本物の宇宙服が一着数億円と聞いて驚くが、生命維持装置、制御パネルまで、すべてITの結晶。高価なのも無理はない。
施設内では電源系、熱制御系などの各機器や、実験装置の状態監視、制御などを24時間体制で監視・制御する設備の運用テストが行われている。そのための端末や音声通信装置、状況を示す大型スクリーンなども完備されており、その水準の高さに驚く。(写真下)
スペーシズムで未来を開くニッポン
新年早々H2A2号機を打ち上げるNASDAを中心に、宇宙開発3法人は、まもなく統合される予定である。
04年頃には国内初の情報収集衛星を四機、05年には国際宇宙ステーションに物資を運ぶHTVの実証機打ち上げを約束している由。
「国際宇宙ステーションの完成が2007年なので、10年後には、打ち上げ時の実験装置を使っていたり、その時々の状況に応じて新しい装置に換えたりして、より高度な利用を目指しているでしょう。国際宇宙ステーション第2弾の打ち上げ予定はありませんが」
と、白石氏は10年先の展望にも触れられた。
地球の数々の悩みも、グローバリズムならぬスペーシズムの連帯の中に消えていく、と、新年への〈希望〉を抱いて辞した。
(監修:編集委員 竹中正彦 古河インフォメーション・テクノロジー(株))
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