Tomorrow Forum ビジネスモデル特許の動向
富士通(株)ソフト・サービス事業推進本部主席部長 村上 憲稔
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はじめに
特許は、発明を保護する制度ですが、昨今はビジネスの方法や仕組みに関する特許として、いわゆる「ビジネスモデル特許」に注目が集まっています。この「ビジネスモデル特許」という言葉はマスコミ報道等でよく耳にしますが、明確な定義があるわけではありません。日本の特許庁では、従来からあるソフトウェア特許の一形態として捉えています。富士通においても、特許庁と同様に捉えておりますが、とりわけ、新しいビジネスのスタイルを提案・提供するインターネットの分野では、その関わりが深くなってくると考えています。

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1.ビジネスモデル特許とは
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ビジネスモデル特許に明確な定義はありませんが、IT(情報・通信技術)を活用したビジネスのやり方、方法、仕組み、あるいはシステムを対象とする発明をさすことが多く、米国では、"A method of doing business"と言っています。
この話題で取り上げられることが多いアマゾンドットコム社のワンクリック特許を例に見てみましょう。この特許は、インターネットを利用した書籍販売において、書籍の購入者が最初の購入時に、名前、クレジット番号などを一度入力すれば、次回からは、その情報を再入力することなく、購入ボタンを押すだけのワンクリックで済ませられるというものです。Webサイト側で個人情報を管理する機能(cookie)をうまく仕組みに取り入れた発明です。
図1
しかし、なぜ、これがビジネスモデル特許なの?と思われる方が多いのではないでしょうか。単に、ソフトウェア特許の一つではないのかと。あえて言うと、ワンクリック特許は、利用者の利便を図ることで、顧客の囲い込みを行い、ビジネスを繁盛させるといった形で双方にメリットを与える(広義の)ビジネスモデル特許とも言えるのです(図1)。一方、米国の通信会社AT&Tが出願した「長距離回線割引き特許」は、電話のかけ手と受け手の双方が同じ長距離通信業者と契約した場合、割引きするという仕組みです。双方が同じ通信業者と契約しているかを識別するための課金の仕組みを含めた発明です。
このビジネスの仕組みが特許として有効かどうかの争いがあり、2000年4月控訴審判決では、「マーケティングそのものでも有用性があれば特許になる」と認めました。割引きにより顧客を囲い込むという点で、この特許は、まさに(狭義の)ビジネスモデル特許と言えます。しかし、最終的には、発明内容そのものに公知例(公然と知られた実施例)があることが分かり、特許は無効となりました。

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2.ビジネスモデルが特許に !?
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AT&T判決より先になりますが、それまで特許の対象外と思われてきた「ビジネス方法」も特許の対象となるという1998年7月の米国CAFC(連邦巡回控訴裁判所)の判決が世界を驚かせました。この特許は、シグニチャファイナンシャルグループが出願した「(車輪に例えて)ハブ・アンド・スポーク」と呼ばれるもので、図2のように、異なったファンドすなわち投資信託資金(スポーク)を束ね、見かけ上ポートフォーリオを有する一つの財布(ハブ)として扱い、日々その運用損益を各ファンド比率に応じて分配するデータ処理システムです。これによって、運用のスケールメリット、管理経費削減、税法上のメリットを得られます。
図2
この特許に対し、ステートストリートバンクは、1993年異議を唱えていましたが、判決では「従来、単なる数式やビジネスの方法は特許の対象外としていた特許審査基準を否定」し、「ビジネスの方法であっても(実用的応用 :practical applicationがあれば)特許の対象とする」という意見が付与されました。
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3.日米欧の特許審査基準の違い
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特許は、国ごとに定めた法律で運営されますが、国ごとに審査基準が異なると、出願する人々にとっても不都合となります。そこで、世界の特許数の約9割を占める日米欧の三極で調整しようとの動きがあります。日米欧の審査基準を概説すると、図3のようになります。ビジネスモデル特許といえども、新規性、進歩性(米国では非自明性と言う)は、日米欧とも特許の必須要件としています。しかし、ビジネスのモデル(方法、手法、プロセス、ルールなど)自体が特許の対象になるかどうかについては、それぞれ異なる意見があるようです。
図3
米国は、前述したように、ビジネスの方法を対象外とするこれまでの審査基準を否定し、有用性の有無に重点をおいているようです。しかし、日本は、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度なもの」を発明と定義し、特許の大前提としているため、人為的に作成したビジネスモデルそのものは特許の対象外としています。
では、日本でまったくビジネスモデル特許を認めないかというと、そうでもありません。特許庁は、「当面は審査基準を変更しない。が、これまでソフトウェア特許を認めてきたから、その範囲で運用を継続したい」としています。
日米欧三極の特許庁専門家会合が2000年6月に東京で開かれ、いくつかのビジネスモデルを例にあげて各国の判断の仕方を確認しあいました。その結果、「(1)技術的な側面が欠かせない。(2)すでに使われている取引手法をインターネット上で実施するだけでは認めない。」の2点では同一意見のようです。つまり、ビジネスモデル特許は、"ITを活用した、ビジネスの有用な仕組み"を表現する必要がありそうですが、細かい点はこれからでしょう。
今後、明確な審査基準の提示が望まれるところです。

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4.ビジネスモデル特許はこれまでなかったのか?
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図4
ビジネスモデル特許が注目を浴びたのは、確かにこの1、2年ですが、方法の特許自体はこれまでも数多く存在していました。ビジネスモデル特許が最も多く含まれているといわれる米国特許分類705*1による米国特許登録状況を、図4に示します。この分類は、97年より始まったものですが、98年頃から急激に成立していることが分かります。この傾向は、さらに加速されているようです。
ちなみに、2000年7月発行の米国特許商標庁ビジネスモデル特許白書によると、1995年から1999年までの5年間に米国で成立したビジネスモデル特許の企業別取得件数の上位10社は、表1のとおりです。この期間は、広告マネジメントシステムに関する特許が増えてきていると白書は述べています。これは、インターネットでの広告のマーケット拡大との関連を想起させます。
富士通は、94年からソフトウェア・サービス分野での特許出願を強め、これらの中から米国に出願されたものもあります。この白書によると、当社は、ビジネスモデル特許取得数で、第2位に位置しています。
そうした特許は、「日米ビジネスモデル特許272*2」でも取り上げられておりますが、いくつかの事例を後述しております。
このように、ビジネスモデル特許とは呼ばれていなかった時代から、その中に含まれる技術的要素の程度に差はあるものの、相当する特許は存在していました。それらがこれまで脚光を浴びなかったのは、ビジネスの方法自体は特許の対象にはならないとのこれまでの認識から、特許侵害があっても争いそのものを避けてきたのが一因となっていたのでしょう。それがステートストリート事件で覆ったのですから、特許取得や侵害調査などが、経営の重要課題として取り上げられるようになってくるでしょう。
表1
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5.日米のビジネスモデル特許の事例
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●米国での事例
ワンクリック特許、長距離回線割引き特許、あるいはハブ・アンド・スポーク特許については前述しましたが、もう一つ、代表的な事例として、ウォーカディジタル社の逆オークション特許を取り上げましょう。
図5
この特許は、プライスライン社でのインターネット販売ビジネスで知られています。購買者が希望する価格で行う逆オークションの方法自体は、もちろん公知です。しかし、インターネットを利用した場合、図5のように、購入者の希望価格に応じたとしても、販売者は本当に購入してくれるかどうか心配になります。これを解決するために、購買者に希望価格と一緒に支払い識別情報(クレジットカード番号、銀行口座など)を入力させることで、受託応答した販売者に対して、仲介コンピュータが即座に購入者のクレジットから代金を引き落とせます。これで、双方のビジネスが成立します。
この特許は、これまでの商慣習がインターネットのような新しい環境になったときに起こる不具合を解決し、ビジネス上の効果をもたらすところに特徴があります。ビジネスモデル特許を考えるときのヒントになるでしょう。
●富士通での事例 ・・・日本の事例として、4件の当社の特許を紹介します。
複数金融機関の金融商品の仲介を行うシステム
図6
多くの金融機関から、多種多様な金融商品が提供されています。しかし、顧客は自分の希望にマッチした金融商品をどこの金融機関で取り扱っているかを調べなくてはなりません。図6のように、この特許は、顧客の希望情報に合う金融商品を検索し、比較表示を行い、さらに顧客が指定した金融商品を取り扱う金融機関に接続する仕組みを表したものです。

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葬礼ドットコム
仲介ビジネスのひとつである「葬礼ドットコム」は、訃報情報をインターネットで公開し、喪家と関係が深い人々がその情報を見て、香典や御供花などを送ることができ、決済も同時に行なってくれるサービスです。したがって、利用者が送付先の情報を入力する必要がありません(図7)。
このビジネスモデルには、利用者との仲介、決済代行、物流代行などインターネットビジネスの機能要素が盛り込まれているのが分かります。

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図7
ポイント付き電子メール
図8
この特許は、2000年8月7日付ニューヨークタイムス新聞の電子メールに関する記事で「送信したメールを読ませるための特許を富士通が取得」と紹介されたものです。
これは、洪水のように毎日送られてくる情報を選別させ、電子メールを読むことを動機付けするシステムであり、送信された電子メールを読み、それに返信するとポイントが累積されます(図8)。
この仕組みは、インターネットビジネスの販売促進ツールとしても有効に機能するでしょう。

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注文情報入力装置
通信販売など不特定多数の顧客取引が主体の小売業では、その場で取引が完結できない場合、注文時点で容易な顧客登録と不正防止のための正確な本人確認が必要です。この特許は、図9のように、顧客からの電話の着信番号をもとに、顧客データベースおよび電話帳データベースから顧客の住所、氏名情報を抽出し、注文画面に表示します。顧客から申告された情報と比較して、必要に応じて修正し確定します。これによって顧客登録、商品の注文情報処理の迅速化、不正防止などができる仕組みです。さまざまなビジネスで今や当たり前のように思われているシステムの一つでしょう。

図9
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6.特許庁への手続き
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ご参考までに、特許の出願から権利の保護期間までの一連の流れを図10にそって概説しましょう。
図10
ITを活用してアイディアを具現化し、特許庁に出願するわけですが、出願前に、その発明が過去に実施例はないか、あるいは同じような発明が出願されていないか調査(特許データベースを使っての公知例検索など)しておく必要があります。ただし、出願から1年半で特許庁が公開するまでは、何が出願されているかは見られません。
特許庁に出願したからといって、すぐに特許になるわけではありません。特許庁に審査の依頼(審査請求)をする必要があります。特許庁が特許として認めた後、登録され特許公報が発行されます。この登録に異議がある者は、6か月以内に異議申立てができ、特許庁が異議を認めた場合、特許は無効になります。特許の保護期間は、出願から20年です。詳しくは、弁理士など専門家に相談されるのがいいと思います。

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7.知的財産権を取り巻く環境
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●日本での動向
1982年の装置特許(ハードウェアとソフトウェアが一体になったもの)に加えて、1997年4月フロッピーやCD-ROMのような媒体内にあるソフトウェア単体も特許として認める媒体特許制度が成立しました。それまでの装置特許制度では、ハードウェアと一体になった装置としてしか直接侵害が認められず、媒体に格納された形態のソフトウェア単体の販売は間接侵害しか認められませんでした。
これに対して、媒体特許制度では、ソフトウェア自体に特許を認めることで、権利者は、直接侵害で訴えることができるようになりました。
一方、賠償額が低いからハイテク侵害が増えるのだという指摘を欧米から受けていたため、1999年1月特許法を改正し実施しました。これは、特許侵害者が侵害期間で得た利益を、権利者の逸失利益と認め、権利者が損害額を求められるようにしたものです。裁判所は計算鑑定人を置いてその額を裁定するわけです。さらに2000年1月の法改正では、原告からの権利侵害の訴えに対して、被告は非侵害を証明したり、また一部の企業秘密を条件付きで裁判所に開示する必要も出てきました。 このように、特許法は、権利者保護強化へと改正されてきております。

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●米国での動向
先に紹介した逆オークション特許では、プライスラインドットコム社が1999年10月マイクロソフト社を特許侵害で提訴しました。マイクロソフト社は、同年9月にエクスペディアという旅行情報サービス会社を作り、そこで「Hotel Price Matcher 」というホテル予約サービスを開始しましたが、その仕組みが特許を侵害しているとしています。
また、アマゾンドットコム社は、同社のワンクリック特許を、同業のバーンズアンドノーブルドットコム社が侵害したとして1999年10月提訴し、同年12月にバーンズアンドノーブルドットコム社に使用中止を命ずる仮処分が出されました。これを受けて、バーンズアンドノーブルドットコム社は類似のサービスを停止したのですが、そのため顧客がアマゾンドットコム社の書籍不買運動に走ったことは記憶に新しいところです。
このように、ビジネスモデル特許を武器にした、熾烈なインターネットビジネスの戦いが繰り広げられているのです。

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仕切り線
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おわりに
インターネット時代におけるビジネス展開に向けて、ビジネスモデル特許に限らず、知的財産権への関心はますます高まる傾向にあります。これは、ビジネスにおける他社との差異化のために、あるいは、他社の特許攻勢への対抗策としても、それぞれの企業は、「経営の重要課題」として取り組まなければならない時代になってきたと考えられます。
当社は、これまで新しいビジネスモデルを創出し、インターネットソリューション、ネットワークサービス、そして製品を提供してまいりました。これからも新たなビジネスモデルの創出と権利化をはかり、お客様に安心して、当社の製品やサービスをご利用いただけるよう取り組んでまいります。

【参考ホームページ】http://www.jpo.go.jp/indexj.htm

(監修:編集委員 森 正夫 氏(株)鶴屋吉信)

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