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5. 個人にもコンピュータを(1980~1991)

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現代では「コンピュータ」といえば「パソコン」のことを思い浮かべますが、当初は「汎用機」や「オフコン」と呼ばれる業務用のものが中心で、富士通もそのような製品を中心に作っていました。しかしパソコン用OS「Windows」の登場とともに、状況は変化してゆきます。

1980年代当時、アメリカのIBM社のアーキテクチャ(設計思想)に基づくパソコンが主流となり、競合他社は「AT互換機」と呼ばれるIBM互換のパソコンを次々と発表し始めました。1990年代にはアメリカのマイクロソフト社のOS「Windows」がブレイクし事実上の国際標準となり、かつては大型マシンでしかできなかったような多くのことがパソコンでこなせるようになりました。

一方、富士通社内では「コンピュータ」といえば従来通りの汎用機、企業や公共団体向けの大型マシンを指し、「パソコン」という個人向けのコンピュータは児戯に等しいものとみなされ、開発に出遅れました。

今でいう「パソコン」も1981年には「FM-8」と「FACOM 9450」を、1989年には画像処理が可能な「FM TOWNS」を発表し好評を博したものの、IBMパソコンとは互換性のない独自路線をとっていたため、競合他社の後手にまわっていました。

しかし1993年10月に初めてAT互換・国際標準機を発表し、思い切った転換を図ります。1995年には必要なソフトウェアすべてを搭載(オールインワン)したパソコンを売り出します。これがパソコンビジネスの起死回生を図った「FMVシリーズ」です。

こうして富士通はそれまで手がけていたビジネスユースに留まらず、パーソナルユースの分野にも進出しましたが、これは半導体部門が大きな利益を上げていたからこそできた挑戦でした。

この時代、富士通は通信部門でも新たな発展を遂げます。1985年4月、日本でも通信が自由化され、企業が自前で通信ネットワーク網を作れるようになりました。企業からすれば、初期投資のみで毎月の電話代が不要になり、コストダウンが図れることになります。これを構築・支援するサービスとして、富士通は1984年、「COINS」という企業情報通信ネットワークシステムを発表します。

また1988年、シンガポールで開始された商用ISDNサービスには、富士通製のデジタル交換機「FETEX-150」が用いられました。

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