3. 「通信と電子の富士通」へ(1959~1969):年表
「通信と電子」期
| 1959年 | 岩戸景気が始まる(~1961) | 通信機器の量産のため、小山工場を開設
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| 1960年 | 国民所得倍増計画、閣議で決定 カラーテレビ本放送の開始 |
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| 1961年 | ソ連の「ボストーク1号」が人類初の宇宙飛行に成功 |
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トランジスタ |
| 1962年 | シンボルマークを変更 岡田完二郎社長、「限りなき発展」を提唱
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| 1963年 |
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600形電話機 |
| 1964年 | 東京オリンピック開催 | 石井通信工業株式会社(現・株式会社富士通ビジネスシステム)がグループ会社となる
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| 1965年 | いざなぎ景気が始まる(~1970) |
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| 1966年 | 電子工業の年間生産高が1兆円を突破 | ICの量産のため、川崎に工場を建設 電子計算機の量産のため、長野工場を開設 高信頼性運動を開始
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| 1967年 | 人口が1億人を突破 公害対策基本法の施行 | 「富士通株式会社」に商号を変更 初めての海外駐在員事務所をニューヨークに開設 音響機器と半導体部品の量産のため、会津工場を開設 |
| 1968年 | 電話加入数が1000万台を突破 GNPが米国に次ぎ世界第2位に | 「富士通研究所」を研究開発の中核として設置 平山電機商事株式会社(現・富士通エレクトロニクス)がグループ会社となる 当社初の海外現地法人「富士通カリフォルニア」を設立 神戸工業株式会社を合併し、明石工場を開設 南多摩工場を開設
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全国地銀オンラインシステム |
| 1969年 | アメリカの「アポロ11号」が月面に着陸、人類が初めて月に立つ |
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