2. 電話から生まれたコンピュータ(1950~1958)
写真は富士通が一番初めにつくったコンピュータ「FACOM100」です。周りを取り巻くのは、「日本のMr.コンピュータ」と呼ばれた富士通の技術者・池田敏雄(右から3番目)に、ノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹博士(右から2番目)たち。このコンピュータには、当時富士通の主要事業だった「電話」に関係する部品が使われていました。
富士通信機製造株式会社は第二次世界大戦の後も電話復興事業を手がけ、政府による電信電話事業を支える指定製作所の一つとなり、急速に成長しました。
一方社内の開発部門では、「新しいビジネスに進出したい」という気運も高まりつつありました。後に「日本のMr.コンピュータ」と呼ばれる池田敏雄もその一人で、彼を中心とする若者たちは、電算機を製造したいという夢を持っていました。「電算機」とは今でいうコンピュータのことで、複雑で大量な計算を短時間でこなす機械です。
1950年当時、コンピュータといえば真空管方式が主流でした。しかし動作が不安定であったため、池田たちは真空管の代わりに富士通の電話交換機で長年活用され、信頼性の高い「リレー」という電話回線の切り替えスイッチを使い、1954年、「FACOM100」と呼ばれるコンピュータを開発します。
FACOMとは、「Fuji Automatic Computer」の略です。富士通のコンピュータ事業が産声をあげたのは、このときのことでした。この成功により、富士通は新市場への参入の機会を得、若手技術者は創造に挑む喜びを知ることになります。

