- DNA素材の人工抗体を用いたバイオセンサー技術の開発 毒素タンパク質の高速・高精度な検出を実現
「タンパク質」=「人間の生命維持に不可欠な栄養素で身体の構成要素」というイメージがあります。実際には、食中毒の原因になる毒素や、ヘビやサソリの毒など、人間に害をもたらすタンパク質も数多く存在しています。富士通研究所は、ナノテクノロジー研究の一環として、ナノバイオ分野の研究を推進してきました。今回、毒素タンパク質の一つ、エンテロトキシンを高速かつ高精度に検出する技術を開発しました。
エンテロトキシンは、食中毒を引き起こすことで知られる黄色ブドウ球菌が生成する毒素タンパク質です。通常、黄色ブドウ球菌のような細菌は熱により死滅するため、食品にしっかり熱を通すことは食中毒予防の大切な手段です。しかし、エンテロトキシンは加熱しても壊れにくいため、汚染された食品を食べると、嘔吐、腹痛、下痢などの症状を引き起こすことがあります。殺菌工程を経た乳飲料に残留したエンテロトキシンが原因で、食中毒を起こしたという報告もあります。
従って、安心・安全な社会を支えるためには、このような毒素タンパク質を短時間で確実に検出する技術が必要不可欠です。富士通研究所は、ナノテクノロジー研究の一環としてタンパク質検出技術の研究を進めてきました。このたび、毒素タンパク質の一つであるエンテロトキシンを、高速かつ高精度に検出する技術を開発に成功しました。この技術のポイントは次のとおりです。
タンパク質の検出に用いられる抗体(注1)は、動物体内にある免疫システムを利用して作られるため、「抗体の作製に時間やコストがかかる」「品質にばらつきがある」といった問題があります。特に、エンテロトキシンなどの毒素タンパク質を検出するための抗体は、感度が低く微量の毒素タンパク質を検出できない問題もありました。
富士通研究所は、これらの問題を解決するため、品質を一定に保ち安価に大量生産できる人工抗体技術を開発(注2)しました。この人工抗体の素材に用いたのは、DNA(注3)です。DNAは、生物が遺伝情報を保存し子孫に伝えるための素材として使われています。一方、素材としては、「短時間で化学合成できる」「コストもそれほどかからない」「ナノメートルレベルで分子の長さを制御できる」などの特長を持っています。
しかし、DNAは、抗体と異なり、遺伝情報の制御にかかわるタンパク質以外の一般的なタンパク質との親和性をほとんど持っていません。そのため、タンパク質を認識することができません。富士通研究所では、DNAに対して、タンパク質を構成するアミノ酸の部分構造(以下、アミノ酸側鎖)を化学的に組み込むことで、タンパク質との親和性を強化した人工抗体の技術を確立しました。さらに、多様なアミノ酸側鎖をDNA骨格のさまざまな場所に組み込むことで、1014通りを超える多様な人工抗体の混合物(ライブラリ)を作ることが可能になりました。そのうえ、多様な配列を含む人工抗体ライブラリから、例えばエンテロトキシンなどのタンパク質を特に強く認識する人工抗体を選び出して特性を評価するための手法を確立しました。

今回、富士通研究所は、この人工抗体技術をエンテロトキシンの検出に適用するために、国立大学法人名古屋大学と共同研究(注4)をおこないました。その結果、人工抗体ライブラリからエンテロトキシンを特に強く認識する人工抗体の選別に成功しました。このエンテロトキシンを認識する人工抗体を大量に化学合成し、バイオセンサーの実験に用いました。なお、名古屋大学との共同研究のなかで、従来の生化学的なタンパク質検出法 (注5) に抗体の代替物として人工抗体を使用しても、検出ができることを確認しています。
従来の検出法よりも速くエンテロトキシンを検出することを目指して、人工抗体が毒素タンパク質と結合したことを捉える新しいバイオセンサーを開発しました。このバイオセンサーは、富士通研究所とミュンヘン工科大学との長年にわたる共同研究の成果を応用した信号変換器と人工抗体を組み合わせて構成されています。
信号変換器は、人工抗体と同様にDNAを素材とし、光信号を取り出すための蛍光色素を付加した構造をしています。信号の検出には、信号変換器の先端に付けた人工抗体がタンパク質を認識して結合すると、信号変換器が放出する蛍光が暗くなる現象を利用しています。この蛍光強度の変化を観測することで、タンパク質がどの程度存在するかをリアルタイムで精度良く計測できます。

国立大学法人名古屋大学との共同研究(注4)では、バイオセンサーに流れ込む水溶液の流れを最適化し、効率的にタンパク質を捉える技術について開発をおこないました。この技術により、これまで捉え難かった水溶液中のエンテロトキシンを、センサー表面で効率的に捉え、迅速に検出することが可能になりました。

今回開発した技術による測定データの一例を以下に示します。エンテロトキシンによる光信号の低下は1分以内に観測され、約10分でエンテロトキシンとの結合は平衡に達します。この結果を従来のエンテロトキシンの検出時間と比べると、約100分の1に短縮されています。この技術を応用すれば、例えば出荷前の食品に対する検査時間の大幅な短縮が可能になるため、安心・安全な食品をより新鮮な状態で出荷できるようになります。

富士通研究所は、ヒューマンセントリックなネットワーク社会の実現に向け、食の安心・安全の確保に貢献するために、人工抗体の食品検査への応用などを目指して、本技術の研究を継続します。また、2010年春には、Fujitsu Asia Pte Ltdと共同でシンガポールに研究拠点を開設しました。日本や現地のお客様・研究機関の研究開発を支援させていただくことを通じて、人工抗体技術の実用化ならびに事業化に向けた試行を進めています。
[2010年9月1日 公開]
栗本鐵工所様が、富士通とともに取り組んだ、グローバル競争を勝ち抜くための「遠隔保守」についてご紹介します。
NKSJひまわり生命保険株式会社様が、富士通とともに取り組んだ、システム連携基盤を活用し実現した、統合コストの最小化についてご紹介します。