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八戸の北行伝説

東北の旅シリーズ 義経北行伝説編

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八戸市 種差海岸/熊野神社

岩手県・久慈から北上、辿り着いた地が現在の八戸の種差海岸だったといいます。
その後3年の歳月を過ごす事になったとも言われる八戸。その途上には「源氏囲内」という地名など 義経ゆかりの伝承を残した場所が多く存在します。


「種差海岸」

久慈から八戸方面へ北上し、義経が上陸したとされる種差海岸を覗いてみました。
三陸の海のうねる音が、いつまでも耳の奥に響き渡っていました。



「熊野神社」

海路脱出した義経の八戸の上陸地点です。
現在の種差海岸から数百メートル山手のところに、義経が上陸後休憩した 「熊野神社」という小さいお宮があります。


八戸市 源氏囲内/三嶋神社

種差海岸上陸後、義経が一時匿われていた場所であることからこの名が付きました。
「源氏囲内」とは「源氏の屋敷」という意味だと言われ地名として残っています。


「三嶋神社」

義経一行が世話になった感謝の印として「今後、判官と名乗るがよい」と義経は 申し渡したが、判官と名乗るのは差し障りがあるというので、「法官(ほうがん)」と 改正したと言われています。現在も「法官」という苗字の住民が住んでいます。



【参考文献 ジェイアール東日本企画「トランヴェール2005.9月号」】
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