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山形県内の足跡

東北の旅シリーズ   奥の細道編

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山形県 酒田

7月29日に鶴岡の内川乗船場から川船で酒田に向かいました。
芭蕉一行が酒田のどこに上陸したのかは不明とのことです。
酒田では、町医者の伊藤玄順(俳号:不玉)宅と寺島彦助宅に泊まっていたことが分かっています。
寺島彦助宅では『暑き日を海に入れたり最上川』、不玉宅では『あつみ山や吹浦かけて夕涼』を詠んでいます。

「寺島彦助宅跡」

鎧屋前の通りを日和山の方向へ少し歩くと、郵便局前の道路わきに、「奥の細道安種亭令道寺島彦助宅跡」の標柱が立っています。


「芭蕉像」

酒田市の中心街から西に向かって坂道を上ると、日和山公園があります。ここは寛文12年(1672)、この地に広大な「御城米置場」を構築した川村瑞賢の倉跡の記念碑や、文化元年(1813)建造の常夜灯、今残る最古の木造灯台などがあります。
酒田市は市制50周年(昭和59年)を記念して公園を設備、来遊文人の文学碑を建立、「文学の散歩道」を 作りました。公園に入って真っ先に目につくのがこの芭蕉像です。


「芭蕉句碑」

「あふみや玉志亭にして納涼の佳境瓜をもてなして発句をこふて・・・」
の前書きの後に、「初真桑四にや断ン輪に切ンはせを」以下、曽良、不玉、玉志の句、元禄二年晩夏末、と記した銅版が、自然石にはめ込まれています。芭蕉の真蹟懐紙(本間美術館蔵)をもとにした句文碑です。



【参考文献 JTB「奥の細道を旅する」】
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