山形県内の足跡

山形県 羽黒山 ~後編~
南谷へは随身門から一の坂と二の坂を登り三日月塚を過ぎたところを山腹の巻き道を500メートルいった谷の奥で、水たまりの多い湿地でした。
芭蕉は7月19日(旧暦6月3日)南谷の別院に宿しました。迎えた別当代会覚阿闍梨の厚い待遇をうけ『そば切り』などを御馳走になったということです。
翌20日俳諧興行して「有難や雪をかほらす南谷」の句がつくられました。21日には羽黒山御本社に詣で、22日から23日まで月山湯殿山を登拝しました。
その時別当代の求めに応じて三山巡礼の句を残しています。
それが有名な出羽三山の句です。南谷の別院を紫苑寺といい、庭園は静寂優雅な趣がただよい、現在はその礎石のみが往時を偲ばせています。

「南谷の別院跡」
芭蕉が訪ねた頃、紫苑寺の建物は既に焼失して無く、替わりに山頂から玄陽院を移築して、本坊宝前院の別院としていました。
玄陽院は、宿泊施設としての機能も備え、芭蕉は当所に6泊して静養の日々を過ごしました。

手向の宿坊「大進坊」の前の句碑
この句碑の斜め前に次の三山三句を刻む碑もありました。
『涼しさやほの三日月の羽黒山』
『雲の峰いくつ崩れて月の山』
『語られぬ湯殿にぬらす袂かな』
【参考文献 JTB「奥の細道を旅する」】
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