山形県内の足跡

山形県 羽黒山 ~前編~
出羽三山の一つ羽黒山の門前町である手向(とうげ)までは鶴岡から車で30分位です。
芭蕉が手向の呂丸の案内で南谷の紫苑寺に到着したのは7月19日(旧暦6月3日)の午後6時頃だそうです。
随身門をくぐり、五重塔を左に見た後、一の坂、二の坂、そして三の坂と2246段の坂を登りました。
二の坂を登ったところには茶店が出て、その茶店を過ぎたところに芭蕉句碑三日月塚がありました。

「羽黒山五重塔」
羽黒山内で最古の木造建築。国指定重要文化財(国宝)。
素木造り、三間四方の塔。屋根は柿(こけら)葺きで高さが29.4m。
承平年間(931~938)に平将門が建立し、文中元年(1372年)に武藤政氏が再建したと伝えられます。

羽黒山参道「油こぼしの坂」の異名を持つ急坂「二の坂」
羽黒山の参道に敷かれている石段は、総計2446段と言われ、頂上付近の三の坂まで続いています。
この普請工事は、羽黒山五十代別当執行の天宥が慶安元年(1648年)から始めたもので、 在職中に築き上げた道の長さは、全長1.7kmのうち約1.2kmに及ぶそうです。
これを登った先に三日月塚(芭蕉塚)、本坊宝前院跡があります。

三日月塚(芭蕉塚)
「芭蕉翁」の文字を刻む石碑です。
明和6年(1769年)の建立で、当所は、芭蕉が「涼しさやほの三か月の羽黒山」の句を詠んだところと伝えられ、説明板に「翁、羽黒山畄(留)杖の折、羽黒の句『涼しさや・・・』の発句の処」と記されています。
【参考文献 JTB「奥の細道を旅する」】
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