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山形県内の足跡

東北の旅シリーズ   奥の細道編

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山形県 大石田

7月14日(旧暦5月28日)、立石寺から羽州街道、佐竹道を通り大石田に着きました。
ここでは、尾花沢の清風とも交渉のあった船問屋の高野一栄宅に泊まっています。
現在、高野一栄宅は板垣家となっていますが、歌仙碑がありました。 一栄の墓のある西光寺にも行ってみましたが、句碑のある場所は工事中で句碑を見る ことは出来ませんでした。
大石田は尾花沢の南西約4キロに位置し、当時は酒田へ下る最上川舟運の基点として 繁栄していたそうです。
最上川に架かる橋の手前には、船役所跡の碑が立っていました。


『五月雨を集めて早し最上川』


歌仙碑の向かい側に説明板があり、この碑の謂れが記されていました。
---以下、歌仙碑の説明板より引用。---
芭蕉翁は、元禄二年に大石田を訪れ、新古ふた道に踏み迷いさぐり足している、 一栄と川水に俳諧の指導をしました。
そして、出来ましたのが歌仙「さみだれを」といわれる一巻です。
芭蕉翁は、自ら筆を執ってこの歌仙を書きました。
平成元年は、芭蕉翁が「おくのほそ道」を旅してから三百年にあたりますので、 記念として、その歌仙の初折の表六句と名残の裏六句並びに奥書を 二倍に拡大して刻んだ碑を、歌仙が巻かれた由緒の地に建立いたしました。(大石田町)

「石水山西光寺」

室町時代の応永年中(1394年~1428年)、光明寺七世其阿達心上人によって創建された と伝えられます。
1675年に再興、1870年に類焼で堂宇を失い、その後再建され現在に至っています。
写真の仁王門は、慶応3年(1867年)の建立です。



【参考文献 JTB「奥の細道を旅する」】
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