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山形県内の足跡

東北の旅シリーズ   奥の細道編

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山形県 山寺 ~前編~

立石寺

芭蕉は、7月13日(旧暦5月27日)尾花沢から馬で立石寺に向った。午後の3時頃到着し ています。

宝珠山立石寺を中心とする山寺は、清和天皇の勅許をいただいた慈覚大師により、 貞観2年(西暦860年)に開山されたと伝えられています。
金山を構成する角礫凝灰岩は、永年の水蝕と風蝕を受けて奇岩怪石となり、 これが樹木の間に見え隠れする姿は、四季折々にすばらしい景観をみせています。 また、境内の参道石段は、立ち並ぶ句碑や板碑とともに苔むして、老杉や怪石の間 にはたくさんの堂塔が建てられ、千古の静寂をたたえています。

「本堂脇の芭蕉の句碑」

『閑かさや岩にしみ入る蝉の声』
登山口からのなだらかな石段を登った先に根本中堂があります。
立石寺は一山の総称でその名の堂宇はなく、この根本中堂が立石寺の 本堂になります。
句碑は嘉永6年(1853年)に建立されたもので、左右の側面には、一具、二丘、 川丈の句が彫られています。
この句碑の向い側に、高浜虚子と子年尾の句碑もあります。


「芭蕉像、曾良像、句碑」

本堂の近く、日枝神社の左隣に、立石寺の永々たる歴史を蔵する秘宝館があり、その向かい側に、芭蕉像と曽良の像、「閑さや岩にしみ入る蝉の声」を刻む芭蕉句碑がありま した。


「山門からいよいよ参道へ」

「除夜の鐘」で知られる鐘楼堂を右に見て石段を登ると、左側に「山寺宝珠山立石寺」と 彫られた2mを越す石柱と、鎌倉時代末期の建立といわれる山門があります。
立石寺は、創建以来、度々火難に遭っていますが、根本中堂と山門だけは建立以来 そのままに残され現在に至っています。



【参考文献 JTB「奥の細道を旅する」】
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