再び宮城県内の足跡

宮城県 鳴子町
尿前
7月1日(旧5月15日)岩出山を出発し、江合川上流の荒雄川に沿って遡りました。
途中、小黒崎、みづの小島、鳴子、そして、尿前の関を過ぎ、関所番人の家に泊まって います。
本文中の関所番人の家は、現在の宮城県と山形県の県境ですが、その当時は、 仙台藩と新庄藩の境でした。この国境を守る人のことを封人と言います。 今は封人の家という資料館が建っています。
私は、今回、みづの小島、鳴子、そして、尿前の関跡を観てきました。

「美豆の小島」
豆の小島は水の小島、みづの小島とも書き、10世紀初めにつくられた古今和歌集や 13世紀初めの続古今和歌集にも出てくる歌枕の名所です。
芭蕉と曾良がここを通ったのは、1689年7月1日のことです。
それまで多くの歌に詠まれてきた美豆の小島でしたが、その場所をここと特定したのは、 この時の曾良の記がはじめてのものだそうです。
曾良の日記によると、川中に岩の島があり松が3本、その他小木が生え、 この時は江合川右岸と川原続きになっていたようです。 さらに以前は中洲であったとも書かれています。 美豆の小島は川の流れによってその形や場所を少しずつ変えていましたが1890年の洪水で
荒廃してしまいました。

「尿前の関」
「義経記」に、奥州平泉へ遁れる源義経一行が、亀割山で生まれた、亀若丸を伴い、 出羽街道(国道47号線)を東へ向かう記述があります。
尿前には、その伝承の流れがあり、幼児がはじめて尿をしたのが地名となり、 義経腰掛松があったと言われています。
尿前の関は、歌枕岩手の関であるという説もありますが、 江戸時代は岩出山藩の支配下にあり、出羽街道の要衝として重視されていました。

「鳴子温泉情報」
JR陸羽東線、鳴子温泉駅下車。駅前から温泉街が広がります。駅から徒歩8分。
上りの坂道を歩いていくと、共同浴場の滝の湯があります。 滝の湯の後ろには、温泉神社があります。鳴子の地名は前述の義経の子「亀若丸」が 産声をあげたところから名付けられたと伝えられています。
【参考文献 JTB「奥の細道を旅する」】
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