岩手県内の足跡

岩手県 平泉 ~中編~
中尊寺/金色堂
芭蕉一行は伽羅御所跡、無量光院跡を訪れた後、 高館,衣の関など、義経ゆかりの地を経て、中尊寺や金色堂 を訪れています。
中尊寺の表参道月見坂は関山の東谷と北谷を分ける尾根にあたり その両脇には樹齢300年ほどの杉木立が延々と続いていました。
芭蕉は500年以上の長い歳月を経ながらも佇み続ける栄華の遺産・金色堂を 眼前にした感動を「五月雨の降のこしてや光堂」の句にこめました。

「中尊寺」
天台宗の東北大本山。
山号は関山。
嘉祥三年円仁の草創と伝えられますが、長治二年藤原清衡が建立したのが はじまりと考えられています。
藤原氏滅亡以後は次第に衰え、建武四年金色堂と経蔵を残して建物の大半を焼失し、 のち、伊達氏により再建されました。


「金色堂」
藤原清衡・基衡・秀衡三代の廟堂で、天治元年清衡が創建しました。
方三間の単層で、屋根は木瓦葺(こがわらぶき)の宝形造り、 内外に黒漆を塗り、上に金箔を貼っています。
内部には蒔絵、螺鈿の装飾を施し、藤原三代の遺骸を納め、阿弥陀三尊を安置しています。 藤原時代建築の代表的なもので、光堂とも呼ばれています。
【参考文献 JTB「奥の細道を旅する」】
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