岩手県内の足跡

岩手県 平泉 ~前編~
平泉
芭蕉一行は、6月29日に平泉方面を観て歩いています。
1189年、源頼朝は二十八万四千騎の大軍を持って平泉を攻めました。
住む人も居なくなった平泉は、その後、野火などによって、さすがの栄華を 誇った堂塔伽羅も焼失しました。
この地を訪れた芭蕉は、「秀衝が跡は田野となりて」と嘆き、 「夏草や兵どもが夢の跡」の句を詠みました。

「伽羅御所跡」
平泉駅の青森方の最初の踏切を渡ったところに、伽羅御所跡があります。
「無量光院の東門に一郭を構え、伽羅と号す。秀衝が常の居所なり。
泰衝相継ぎて居所となせり」と「吾妻鏡」に記されています。

「無量光院跡」
新御堂とも呼ばれ、宇治平等院の鳳凰堂を模した建物だったようです。
石材店の敷地内を横切った奥の田んぼの中にありました。
【参考文献 JTB「奥の細道を旅する」】
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