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宮城県内の足跡

東北の旅シリーズ   奥の細道編

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宮城県 多賀城市

多賀城碑

6月24日(旧暦5月8日)に仙台を発った芭蕉は、塩釜への道を東へ旅し、市川村・多賀城跡の小山にて、「壷碑(多賀城碑)」と対面しました。

「多賀城碑」

高さ2m、幅1m程の石碑で、多賀城跡から500m程離れた南門跡近くに立っています。


碑文には、多賀城の位置を京や国境からの距離で示す内容と、多賀城が神亀元年(724年)に 大野朝臣東人によって設置されたこと、そして、天平宝字6年(762年)藤原恵美朝臣によって修造されたことが書いてあります。
群馬県吉井町の多胡碑、栃木県湯津上村の那須国造碑とともに日本三古碑のひとつです。

「多賀城跡」

多賀城は、古代に陸奥国(現在の福島、宮城、岩手)の国庁が置かれたところで、奈良時代 には鎮守府も所在していました。
その遺跡は、約900m四方の不整方形の土地で、調査の結果、築土塀(ついどべい)で周囲を区画し、中央部の約100m四方の地に政庁がある他、官舎や兵舎が立ち並んでいたことが判明 しています。



【参考文献 JTB「奥の細道を旅する」】
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