宮城県内の足跡

宮城県 名取市
名取市
芭蕉笠島を通ったのには訳がありました。 それは、中世30大歌仙の一人で、一条天皇の勅使を受けこの地に左遷させられた 中将藤原実方の墓を参るつもりだったそうです。 しかし、折からの雨でぬかるんだ道に行く手を遮れ、目的を達成することが出来ず、 次の句を残しています。
笠島はいづこ五月のぬかり道

「木立に囲まれ昼も暗い、実方の墓」
『桜狩り雨はふりきぬおなじくはぬるとも花の陰にかくれむ』 と書かれた歌碑がありました。これは、実方の歌だそうです。 また、西行の歌碑も手前にありました。

「形見のすすき」
実方の墓に行く手前には、『笠島はいづこ五月のぬかり道』 が刻まれた句碑がありました。
この句碑の周りのススキは「形見のすすき」と呼ばれているもので、 葉が細く、繊毛が少ないのが特徴だそうです。
このススキの名前は、西行が文治2年(1186)年にこの地を訪れ、 実方の墓に立ち寄り詠んだ歌にちなんでいるそうです。
『朽ちもせぬその名ばかりを留置きて枯野の薄形見にぞ見る』

「道祖神社」
実方の墓所から南に車で5分程の所に、道祖神社があります。
江戸初期、仙台藩主によって造られたものだそうですが、 少し荒れた感じの神社でした。
実方はこの道祖神社の前を馬に乗ったまま通り過ぎようとして 落馬(神罰が下り)して亡くなったとのことです。

「芭蕉句碑(道祖神路)」
ここから、さらに南に車で10分程の所に、館腰神社があります。
館腰神社のそばの一の橋のたもとには、宮城県内に19あると言われる句碑の一つがありますが、形が三角形という変わった形の句碑でした。
表には道祖神路と書いてあり、道標も兼ねたものだそうです。
【参考文献 JTB「奥の細道を旅する」】
---- この画像データの無断使用・転載を禁止します ----
