富士通研究所

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小話

SAWフィルターができるまでの開発者の歴史

執筆:開発グループのリーダ S氏


時は11年程前にさかのぼります。入社以来14年間も携わってきた研究内容が中止したことを聞かされ、私は一種の虚脱状態にありました。その後私に、中間管理職として研究部内の広い技術分野のすべてを管理するように命ぜられました。しかし、しばらく続けるうちに何か自分の内部に満たされないものが感じられ、それは、自らの手で研究をやっていないということに対するフラストレーションのようなものでした。当時の新しいテーマはいずれも専門分野ではなく、研究員の話を理解するのが精一杯という状態で、とても技術的に研究をリードしていくことができません。これでは自分も行き詰まるし、研究員にも申し訳ないという気持ちでした。そこで私は、何か1つのテーマに集中し、1から出直そうと上司に申し出ました。私は、当時そんなに注目されてなかったSAWフィルターを、1からやろうと決心したのです。何故なら、その当時1人の研究員がようやく事業部の要請を受けSAWフィルターを始めたばかりで、その研究員も物作りが精一杯で設計までは手がのびず、設計をやる人が必要だったからです(私はもともと設計を担当しており、技術分野は異なるとはいえ、仕事の性質上取り組み易かったので)。上司は私の決心が固いと判断し、周りを説得し、そのような環境を作ってくれました。

SAWデバイスは当時、テレビ用IFフィルターが全盛で、まだ携帯電話用は本格的に開発されていませんでした。新規に参入するにはチャンスでした。以上のようないきさつで1988年秋に我々は2人でSAWフィルターの開発に本格的に着手しました。私が設計技術、M氏がプロセス技術という構成でした。お互いこれまでの研究で培った得意技術でひしめく競合を相手に無謀にも挑戦を挑んだわけです。今までは先行研究が主で、実用化の経験がなかったので、今度は使われる物をなんとか作ってやろうと2人意気込んでいました。2人で猛烈に文献を集めて読み、世の中の技術を勉強しながら、その傍らで試作を始めました。全くの素人ですから、本当に1から勉強しました。しかし、微細パターン形成技術やそれを作る製造装置は、部内にある物をそのまま使えましたので、研究の立ち上げは非常に早かったように思います。
始めてわずか1カ月位で最初のフィルターらしきものを作ることができました。しかし、特性は課題だらけでした。また、如何に他社の特許に抵触しない新規な設計技術を考えるかで非常に苦しみました。そこで、富士通の川崎工場資料課に行き、SAWの分野の特許抄録(これには図がついており、分かり易い)を全部コピー(2000件位)しました。この他にもUS特許を1000件位集めました。こちらは図もないし、英語なのでどんな技術が書かれているのか判断するのに非常に苦労しました。これらの調査は一度にやったわけでなく、1年ぐらいかけて少しづつ行いました。

これらの調査の結果、どうしても特性改善のためには使わざるを得ないような特許が出てきました。この特許に代わる新しい技術の探索に勢力を注ぎ込みました。1989年5月頃からI君と新人のMa君を加え、4名の研究員と1名のサポート職の総勢5名で開発を推進しました。この頃、アメリカで世界最初の小型携帯電話が発売されました。これを受け、富士通も当時の専務が1年以内にもっと小型な携帯電話を発売すると新聞発表しました。発売されたアメリカの携帯電話に、SAWフィルターが使われていましたが、その特性は挿入損失も大きく、サイズが大きなものでした。まだまだ我々の出番はあると感じ、むしろ開発に拍車がかかりました。そこで、勘で進める開発をやめ、開発効率を上げるために、大型計算機を用いた精度の高いシミュレーションツールを作ることにしました。そして3カ月後、ようやく実験と良く合うツールを完成させ、その後の特性改善の強力なツールになりました。その2カ月後の11月、I君が目のさめるようなシミュレーション結果を持ってきました。これまで苦しんでいた帯域外抑圧を改善する方法を見つけたのです。早速実験し、効果を確認することができました。これは他社の特許を回避する重要な技術となり、「電極対数重みづけ法」と名付けました。この他にも帯域幅を拡大する方法や、量産性のある製造技術(一口でいえない多くのノウハウが詰まっています)をM氏やMa君が確立し、ついに1990年3月、技術を完成させました。
この時は、少ない人数(研究員4人)で本当に効率良く何でもうまく進展しました。おそらく全員が目標に向かって燃えていたからだろうと思います。当時、研究所の雄城社長が月度報告書に次のようなコメントを書いてくれました。『SAWフィルターの時宜を得た進展に敬服します』と。我々はそれを見て、また更に燃えました。他部門の開発者やユーザー部門も評価において強力にバックアップしてくれ、一丸となって完成まで助け合いました。いいものを開発すれば、研究者自身もさらにポジティブフィードバックがかかってより良いものを開発するし、周りからも強い協力が得られ、全体として良い方向へ向かうものであることを実感しました。
やはり、開発には熱いものを感じられるような状況ができること、または意識的に作り出すことが一番大事なような気がしています。どんな仕事にも共通することのような気はしますが。