No.113 : 企業の広告効果に関する批判的検討
-消費財製造業の数値分析を通して
主任研究員 長島 直樹
2001年9月
要旨
- 近年、情報量の急増、余暇時間の増加、情報価格の低下という情報取得促進的な環境変化が起こっているにもかかわらず、消費者は情報取得時間を増やしていない。この現象は消費者サイド(情報の受け手)の"時間の稀少性"として説明できる一方、企業(情報発信者)にとっては"関心が稀少であること"を意味している。つまり、情報が氾濫する中、情報が消費する人々の関心が欠乏している状況(H.Simon)である。近年、企業間(特に消費財・消費サービス提供企業間)の競争が"関心獲得競争"の様相を帯びてきており、企業間の技術力が拮抗した分野では、この競争を勝ち抜いた企業が現在のエクセレントカンパニーになっている可能性がある。
- 上記の問題意識に対して、本稿は関心獲得のための典型的な手段と見なされる広告費について調べたものである。「関心獲得のための広告の効果が近年高まっているのではないか」という仮説を出発点に、クロスセクションとタイムシリーズ(時系列)による分析を試みている。
- クロスセクションの回帰分析で広告費の利益寄与効果を推計すると、近年に至るほど広告効果が高まる傾向にあることがわかった。これは消費財製造業の平均での結論である。ただ、広告費が業績に直結しているか否かは業種によって異なる状況がみられる。例えば、自動車では近年、広告費と業績の相関が強まっているのに対して、食品は逆に強かった相関が弱まっている様子が観察される。
- 広告がすべてイメージ広告であるとは言えないものの、テレビCMや新聞広告を中心に、その色彩が強まっている可能性がある。イメージ広告が有効な分野は、消費者が事前に差別化することが難しい財・サービスであろう。これに則して上記で観察された業種別の違いを解釈するなら、自動車はブランド間の知覚品質の違いが一般消費者にとって小さくなっている(知覚差異が縮小している)一方、食品・飲料では逆に、新分野の開拓などによって近年、知覚差異が広がっている可能性がある。しかし、こうした仮説を立証するには、フィールド調査など綿密な検証作業が必要になる。
- 消費財提供製造業の平均で、広告費の利益寄与が大きくなっているのはクロスセクションでの推計結果の通りだが、これは必ずしも因果関係を意味するものではない。すなわち、1.広告費の多い企業のパフォーマンスが良いのか、2.パフォーマンスの高い企業がより多くの広告費を使うようになっているのか———判別は不可能である。
- 上記63社それぞれについて、時系列分析を行なうと、広告費から業績への統計的な因果関係(グレンジャー因果性)が約3分の1の企業に、逆の因果関係も約3分の1の企業において認められる。この関係は実際の因果関係とはやや意味が異なる。しかし、少なくとも「広告費は業績の後追いに過ぎない」という主張は一般性を持っていないことがわかる。かつて3Kの1つと言われ、業績の後追い的な性格が強いとされた広告費においてこのような分析結果が得られたことは、広告戦略が現在の企業経営において重要な位置を占めていることを示唆するものである。
- 時系列分析の結果が示すもう1つの結果は、業界全体の合計値で、広告費と売上高をみると、「広告が売上のパイ全体を拡大する効果はない」ということである。すなわち、広告は他社のシェアを奪う意味で、個々の企業にとっては有効だが、マクロでみた消費需要創出効果は観察できない。
- 個別企業にとって、広告戦略はますます重要になってきている半面、需要のパイが拡大しない以上、広告費が背比べのコストとして、企業の重しになっている可能性がある。ライバル会社と同時に削減できるなら、その方がお互いに望ましいかもしれない。つまり、広告による関心獲得競争は軍拡競争と同様の"囚人のジレンマ"に陥っている可能性が高い。情報取得に消極的な消費者サイドからみると、イメージ広告に操られて低位の効用水準に甘んじているとすれば、それは経済厚生上、一種の"劣位均衡"であることを意味している。広告費コストが価格転嫁されているとすれば、消費者の厚生はさらに低下しているであろう。
- 軍拡競争に対しては軍縮条約が有効な対抗手段となろうが、企業間競争の世界に「広告制限カルテルの容認」を持ち込むのは現実的でない。それはカルテル破りの誘因(deviation incentive)が大きいためである。こうした広告の外部効果に対処する1つの方法は税制によるものである。広告課税については古くから議論があるが、標準的な考え方は、広告費支出の一定割合のみ費用計上を認める、というものである。こうした政策措置によって、広告の社会コスト(外部不経済)を企業が負担(内部化)する仕組みが必要なのではなかろうか。
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