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国内排出量取引の試行実施をどう見るか

主任研究員 生田 孝史

2009年4月

動き出す国内排出量取引制度

昨年10月21日、政府の地球温暖化対策推進本部は、国内排出量取引制度の試行実施を決定した。2005年に域内取引制度を導入した欧州に遅れること4年にして、ようやく国内で取引市場が動き出すことになる。とはいえ、今回はあくまで試行実施であり、自主参加が前提である。参加企業は、エネルギー起源CO2を対象とした削減目標を自主的に設定できるし、罰則規定もない。排出枠が割り当てられ、排出事業者に削減義務が課せられる欧州の取引制度とは大きく異なる。

この試行取引制度への参加企業は、昨年12月12日までの集中募集期間の締め切り時点で、のべ501社であった。このうち446社が削減目標を設定する参加者で、50社は排出枠の取引を目的とする参加者、そして昨年10月に経済産業省が開始した国内クレジット制度に基づく排出削減事業者が5社参加することになった。

目標設定参加者は、自らの排出削減だけでは目標達成が不十分な場合は、他の参加者が目標を超過して達成した分(排出枠)を調達して目標達成に充当できる。08年度目標を設定した参加者の場合、今年8月末までに実績報告を行い、10月中旬に実績が確定することになる。このため、実際に取引が活発化するのは今年の秋以降と考えられる。当面は、相対取引のみであり、商社や金融機関などが取引を仲介するケースが多いと考えられる。売買の参考となる価格指標の公表も検討されている。

また、今回の試行取引制度では、目標達成手段として、排出枠の取引以外に、「京都クレジット」や「国内クレジット」を活用することができる。京都クレジットは、京都議定書(国連認証)に基づいて海外から調達するものだが、国内クレジットは、大企業等が国内の中小企業等に資金・技術を提供した事業の排出削減量を認証することで創出される日本独自の仕組みである。

有効な仕組みとして機能するのか

今回の試行実施は、(1)排出量取引を本格導入する場合の必要条件と制度設計上の課題の明確化と、(2)日本の産業に見合った制度のあり方を考えた国際ルールづくりの場でのリーダーシップ発揮、を目的としている。試行取引の制度設計は、企業の参加しやすさを優先したことと、様々なケースでの成果を検証したいという思惑のために、選択肢も多く、仕組みが複雑になっている。このため、十分に成果を検証できる有効な仕組みとして機能するのか疑問である。

まず、罰則規定のない自主参加型で、しかも削減目標も自主的に設定できる仕組みが、十分な排出削減に寄与するかという問題がある。目標を設定する主体も、事業所単位、個別企業単位、企業グループ単位から自由に選択できる。企業からすれば、自社に最も都合の良い設定で「参加した」形にすることができる。原則認めないとされた業界団体単位の参加も認められる可能性がある。日本鉄鋼連盟と日本自動車工業会が、業界単位での単一削減目標による参加申請を行っている。業界団体内の目標設定と取り組みルール次第では、個別企業の削減努力があいまいになりかねない。

経団連自主行動計画に参加している企業には、目標設定において、行動計画との整合性が求められるため、生産量や売上高当たり排出量の原単位ベースと総量ベースの目標が混在することになる。これでは、全体での削減成果が評価しにくいばかりか、排出枠等の活発な取引を阻害しかねない。排出枠の需給に大きな影響を与える目標設定は企業の自主設定に委ねられている。目標の妥当性は政府が審査・確認を行うことになるが、自主取り組みの枠組みにおいて有効に機能するかわからない。

当初は相対取引に限定されるため、公平性の担保も課題であり、商社・金融機関などの仲介機能が問われる。取引制度の本格導入には、取引市場の開設が望まれる。そもそも、排出量取引が活発に行われるかどうか不透明である。参加企業が多くても取引が低調では、試行実施の意味がない。実際、今回の目標設定参加者数446社は、経団連自主行動計画参加企業約2,000社と比べると5分の1の規模に過ぎない。

更に、今回の試行が、2013年以降(ポスト京都議定書)の国際ルールづくりでの我が国のリーダーシップ発揮に寄与するかも疑わしい。新たな国際ルールは、今年12月にコペンハーゲンで開催される第15回気候変動枠組条約締約国会議で決定する予定である。これから取引が始まる我が国の成果を国際的な議論に反映させるには、成果の内容以前に、時間的な制約が大きい。

企業はどのように対応すべきか

今後、長期にわたって、企業に対する低炭素経営の要請が強まることは間違いない。そして、炭素の市場化が国際的な潮流であることも、企業が認識すべき重要な経営環境である。今や、欧州だけでなく、ニュージーランド、カナダ、オーストラリアでも、削減義務を伴う排出量取引の導入が決まっており、米国も、オバマ政権の誕生によって同様の排出量取引制度が導入される方向である。各国の排出量取引制度の互換性についての国際ルールも検討され始めている。国内でも、東京都が大規模事業所への排出削減義務付けと組み合わせた独自の排出量取引制度を2010年度から開始する。

確かに、国内排出量取引の試行制度の実効性は疑わしい。企業は、この制度の問題点と限界を認識した上で、炭素の市場価値を考慮した経営感覚を培うための経験蓄積を図るという視点から、国内制度を戦略的に活用するという発想を持ち、来るべき低炭素社会における競争力を培うべきである。

全文はPDFファイルをご参照ください。

PDF 国内排出量取引の試行実施をどう見るか [156 KB]