安易な元安誘導はキャピタル・フライトを誘発する
主席研究員 柯 隆
2009年4月
2008年、中国経済は07年の13%から9%へと成長率が大きく減速している。中国国内の専門家の一部は、経済成長が減速する原因は金融危機によるものとし、人民元の切り上げによる輸出への影響を心配している。
実際、人民元の対ドル相場は切り下げの方向へぶれている。市場では、元の切り上げ局面が切り下げに転換したとの見方が出ている。それを支持する要因として外需が軟調になっていくと思われることから、中国政府は元の切り下げによって国際貿易を立て直そうとしているのではないかとの観測である。
景気後退局面の為替政策
2005年7月人民元が米ドルに対して切り上がって以来、緩やかな上昇ではあるが、一貫して元高傾向を続けている。08年末まで、人民元対ドルレートは累計で約20%上昇した。人民元が切り上がる背景には、順調な経済成長と貿易黒字の拡大といった良好なファンダメンタルズがあった。むろん、通貨の切り上げは輸出製造業にとってマイナスの価格効果により国際競争力の低下をもたらすことになる。
事実、人民元が切り上がって以来、玩具や靴などの低付加価値輸出製造業はいくらか影響を受けた。特に、08年に入ってから、グローバル金融危機により沿海部の中小輸出製造企業の倒産が相次いでいる。
08年10月30日現在、中小の輸出製造業は6万5,000社倒産し、2,100万人の出稼ぎ労働者は職を失った。ほとんど社会保険に加入していない出稼ぎ労働者にとって失業というのはまさに死活問題である。したがって、中国にとって労働集約型の輸出製造業の温存は単なる成長率の維持だけでなく、社会の安定を図るうえで不可欠である。しかし、このタイミングで人民元を切り下げれば、国際貿易を立て直せるかどうかは明らかではない。逆に、キャピタル・フライト(資本逃避)を誘発してしまう恐れがある。
ここ数年中国経済の良好なファンダメンタルズを見込んで投機的なホットマネーの流入が一貫して続いてきた。それは中国市場での過剰流動性発生の一因になっている。具体的にホットマネー流入の動機をみると、人民元切り上げの為替差益の享受と不動産投資などのキャピタルゲインが目的である。
不動産価格も07年まで上がり続けていた。08年の下期に入って、金融危機が全世界に広がったなかで、中国経済は依然成長を続けている。08年の経済成長率(速報値)は前年比9%であり、これまでの二桁成長に比べ、いくらか減速しているが、依然世界最高速度である。成長が続く背景に、ホットマネーが中国に止まっていることがあり、今のところキャピタル・フライトが起きていない。
為替の安定と為替レジームの改革
しかし、仮にこのタイミングで人民元を切り下げ、市場において元安期待が強くなれば、間違いなく大規模のキャピタル・フライトが起きるだろう。そうなると、中国経済の成長率は最高2ポイント落ち込むとみられ、景気後退と失業の深刻化により社会も不安定化する恐れがある。
現状において、中国にとってやるべきことは人民元の切り下げではなく、為替の安定を図ることだ。金融危機下の世界経済はまさに有事であり、拙速に大幅な為替調整を行うと、市場はいっそう動揺してしまう。この点は97年のアジア通貨危機当時の経験から既に明らかになっている。
第1に、中国は人民元の為替相場を切り下げると、アジアで通貨切り下げ競争が始まる。第2に、有事において輸出市場が縮小しているため、通貨の切り下げによる輸出促進効果は限定的である。第3に、繰り返しになるが、キャピタル・フライトを回避するため、人民元の切り下げを実施すべきではない。現状において、人民元の切り下げよりも為替の安定を図るべきと思われる。
一方、現在の為替レジームの欠陥として市場メカニズムはほとんど機能していない。05年まで、人民元はドルに対してペッグしていた。05年の外国為替改革で、ドルペッグが解除され、日々微調整できるクローリングペッグに変わった。具体的に、「通貨バスケットを参考にして為替相場を決定する」という制度になっている。しかし、参考にするといっても、日々の為替相場の形成をみると、ほとんど人民銀行(中央銀行)の外貨管理局が政治、経済と外交などを鑑みて、その水準を直接決定している。市場では、元高期待が崩れない限り、外貨の流入が続くものと思われるが、為替相場の形成が恣意的になりがちである点は市場の不安定性を増幅させている。
ここで、指摘しておきたい点として、現在の経済成長の減速は人民元高によるものではないということである。経済成長を持続するには、内需振興と産業構造の転換などの改革が必要である。特に、労働集約型の輸出製造業の破たんによって2,000万人以上の出稼ぎ労働者は職を失った。新たな雇用の受け皿として流通を中心とするサービス業の振興が不可欠である。
為替相場は一国経済のファンダメンタルズを反映し、他の国の通貨との対価を表わすものである。為替相場の調整はその国と交易条件の変化によるものである。人為的に為替相場を調整することはときには経済のハードランディングをもたらすことになる。
結論的に、道半ばにある金融制度改革と開放されていない資本市場の脆弱さを考えれば、中国にとって比較的理想な為替レジームはシンガポールのような通貨バスケットに連動したカレンシーボードである。バスケットの中身(構成通貨のウェイト)を明らかにする必要はなく、外貨管理局はインプリシット(暗黙)の目標を持って、そのウェイトを調整することができるようにする。カレンシー・ボードのメリットは為替相場が調整可能だが、ボラティリティが大きくない。何よりも、市場では為替投機が起きにくいことが最大のメリットであろう。同時に、国有銀行を中心に、金融制度改革を急ぎ、金融仲介の効率性を高めなければならない。更に、金融市場開放のロードマップを定め、よりいっそうの市場開放に取り組まなければならない。
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