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金融危機の背後にあるもうひとつのバブル

社団法人 日本経済研究センター 理事長
深尾 光洋

2009年4月

本文

米国発の世界的金融危機の引き金としては、昨年9月15日のリーマンブラザーズの破綻が注目されているが、その直後に起きた大手保険会社AIGの経営難も重要で見逃すことができない。AIGは、2007年のフォーブズ誌で米国のトップ10社に選ばれた、ダブルA格の優良大企業であった。しかしAIGのロンドン法人がデリバティブ(金融派生商品)取引で巨額の損失を計上したため資金繰りに窮し、米国の中央銀行である連銀に支援を求めて駆け込むことを余儀なくされた。

ロンドン法人は、クレジット・デフォルト・スワップ(以下CDS)の大量取引を行っていた。CDSは、言わば会社の生命保険である。ある会社が倒産すると、その会社に対する債権を持っている企業や金融機関は大きな損害を被る。そこで、その会社が倒産した場合の債権価値の下落に対する保険を購入しておけば安心だ。CDSは、銀行などが貸出しや社債などの信用リスクをヘッジするのに用いられている。しかしCDSは保険と違い、その会社に対する債権を持っていなくても大手金融機関などから購入できる。また取引の相手方が同意すれば、一般企業や個人でも、相手方にCDSの保証を売ることもできる。この結果、CDSは、企業の信用リスクで投機をするための金融商品となって、急激に取引が拡大してきた。

単純に言えば、ある会社についてのCDSの保証の購入は、企業の倒産で儲かるポジション、CDSの保証の売却は、企業が倒産しなければ保証料で儲かるポジションになる。一般の生命保険の場合は、被保険者本人の了承がなければ、生命保険契約を結ぶことが禁じられている。しかしCDSの場合は、文字どおり誰でも企業や金融機関の生命保険を売買できるのだ。また国債やRMBS(住宅ローン証券化商品)などについても、CDSが活発に売買されるようになった。

AIGはCDSの保証を大量に販売し、取引先から入る巨額の保証料を利益計上してきた。しかしサブプライム問題が起きると、CDSの保証債務が拡大してきた。その結果AIGの格付けが悪化する。CDS取引では、非常に高格付けでない限り、保証債務額の期待値に見合う担保の提供を求められる。このため、AIGはその格下げに伴って巨額の担保を差し入れる必要が生じ、資金繰りに窮してしまった。AIGが破綻すれば、AIGから保証を受けていた金融機関や企業が連鎖破綻する可能性があった。ニューヨークタイムズによれば、ゴールドマンサックスが2兆円もの貸し倒れ損失をAIGとのCDS取引でヘッジしていたと報道されている。

私はサブプライム以外にも、大手金融機関のバランスシートに大きな穴が開いているのではないかと疑っている。疑わしいのはデリバティブの評価である。

長期的視点に立った投資で注目を集めるウォーレン・バフェット氏は2003年2月に「デリバティブは金融上の大量破壊兵器だ」と指摘した。この背景には、バフェット氏が経営するバークシャー・ハザウェイ社がデリバティブ取引を行う証券会社を清算した過程での苦い経験がある。

まずデリバティブ取引の清算の過程で証券会社の大きな含み損が明らかになった。金利スワップや通貨スワップなどのデリバティブには、長期間継続する契約がある。この価値は、金利、為替相場、企業の信用状態などの将来の動向に依存する。このためデリバティブ取引損益は、複雑な数学モデルによって推計される。このモデルの将来の経済変数の想定を多少いじるだけで、デリバティブ契約の評価額は大きく変化する。長期契約のデリバティブ評価は、日本企業の退職給付債務の推計値に似た側面があるが、後者は割引率や従業員の回転率などの想定を変えると金額が変化する。デリバティブの評価式は、非常に複雑なため、大手監査法人でも十分にチェックできない。米国の大手投資銀行が保有する数式モデルに反証・対抗できるモデルを持つ監査法人はどこにもなかったからだ。

バフェット氏は、金融機関のディーラーやCEOには収益を大きく見せることで報酬を嵩上げする強いインセンティブがあると指摘する。本来デリバティブ取引はゼロサム・ゲームで、取引の一方が利益を出せば他方は同じ額の損失を被るはずである。しかし、取引の双方が別々の評価モデルを使うことで、両方が利益を出している可能性さえあるのだ。巨額の利益を計上したディーラーやCEOは、長期のデリバティブ取引が決済される時までには、報酬をもらって退職してしまっている。結局損失を被るのは株主であり債権者ということになる。

更にバフェット氏は、デリバティブ取引に伴う担保差し入れ条項のリスクを指摘する。デリバティブ取引を行っている会社の格付が一定以下に低下すると、取引相手から巨額の担保を要求されて、資金繰りに窮するリスクがあるのだ。

保険会社であるAIGの経営危機は、バフェット氏の指摘したとおりに進行した。AIGのロンドン法人の稼いだCDSの保証料は、将来の元本保証コストに大体見合っているはずであり、本来は大半を積み立てて支払に備えるべきものである。しかし実際には、大部分を収益と認識していた。これは、AIGがCDS債務を過小評価していたことを示している。逆にCDSによる保証の買い手は、支払った保証料は将来の保証受け取りに見合っていると考えているはずであり、それはCDSの資産価値に反映される。この結果、AIGが行ったCDS取引によって、本来ゼロサムのデリバティブ価値は、プラスに計上されてしまう。

昨年夏のBISの統計データによると、統計の対象金融機関は金利、通貨、信用リスクなど全てのデリバティブで、50兆円程度のネットの勝ち金額を、CDSは20兆円程度の勝ち金額を報告している。全取引参加者を合計するとゼロサムになるはずの数値が、大きなプラスになっていることは、金融危機の裏には不動産バブルに加えて、デリバティブの評価バブルによる多額の含み損が隠れているのではないか。

全文はPDFファイルをご参照ください。

PDF 金融危機の背後にあるもうひとつのバブル [225 KB]