「中国特色」のある独占禁止法制
主席研究員 金 堅敏
2009年1月
13年の歳月をかけて制定された中国の『独占禁止法』は、2007年8月30日に公布され、2008年8月1日に施行された。独占禁止関連の実体規定や調査、審査、罰金などの諸手続きにおいては諸外国に比べて特に「異質」なものはないが、法制全体を見るといくつか「中国特色」のある内容が存在する。
「行政独占」の禁止
2008年8月1日に施行された中国の『独占禁止法』は、『反不当競争法』、『価格法』、『外国投資者による国内企業のM&Aに関する規定』などの各法規に散在している独占禁止規制内容を集約して、新たな内容を追加した体系的な独占禁止実体法である。また、「中国特色」とも言える「行政独占」の禁止という専門の章(第5章)を設けている。
この「行政独占」の禁止規定は、行政機関の権限濫用による競争制限により生じる「公的独占」に関する規制であり、私的独占禁止を取り扱う日本の独占禁止法にはない規定である。これまで見られた地域保護を図る地方政府の行政権限の濫用を打破して国内市場を統一するとともに、官業癒着問題の解決に法的武器を提供しようとしている。実際、『独占禁止法』が施行された直後に提起された同法関連訴訟3件(国家質検総局関連訴訟、地方政府税務局関連訴訟、国有通信会社関連訴訟)のうち、2件は「行政独占」による競争制限行為として訴えられ、地方政府税務局関連の事案では訴訟進行により行政行為の是正に繋がっている。
しかし、『独占禁止法』第50条には、同法の執行機関である独占禁止機構に法的管轄権を与えておらず、行政独占行為を行った行政機関の上級機関に、法に従い処分の建議を提出することができることに止まっている。「行政独占」禁止の実効性が疑われても不思議ではない。
外資買収に対する「国家安全」審査
また、『独占禁止法』第31条は、外資と事業者集中について規定している。「外資が国内企業を買収、またはその他の方法により事業者集中に参加し、国家安全にかかわる場合には、本法の規定により事業者集中を審査するほかに、国の関連規定に従って国家安全審査を行わなければならない」と規定している。つまり、中国の独占禁止法は自由で公正な競争秩序維持に止まらず、国内事業者に対する外資企業の買収に係る国家安全問題をも取り扱っている。日米欧諸国の諸制度とは異なる。ちなみに、日本では外資による国内企業買収にかかわる国家安全の問題は『独占禁止法』ではなく『外為法』や個別業法で取り扱っている。
『独占禁止法』の執行機関である独占禁止委員会とは別に、米国の外国投資委員会(CFIUS)に倣って外資買収にかかわる国家安全を審査する専門委員会を設置することも予定されている。商務部のほかに、国家発展改革委員会、工業情報化部やその他の政府機関から構成される。近年、中国では外国資本による国内企業の買収への反対の機運が高まっており、外資活用と国家安全イシューの狭間で悩む中国政府の姿が目立っている。「国家安全」の定義や外資買収行為と「国家安全」の因果関係、「国家安全」の名目で外資買収行為を禁止した場合のメリット・デメリットなどの判断はどの国においても難題となっているからである。他方、当局に広範な裁量が与えられると、真の国家安全問題よりも国内事業者保護に濫用される懸念も聞かれる。米投資ファンド カーライルによる中国大手建設機械メーカー「徐工」への買収案件は数年間にわたって申請したが、審査が行われずに失敗で終わったなどからそのような懸念は理に適っている。
域外適用
更に、第2条では、海外での事業者集中行為であっても中国での市場競争に影響を与える場合は、本法が適用される。日本の『独占禁止法』にはない、いわゆる域外適用の規定である。海外で行われたM&Aも中国の独占禁止執行機関に届け出る必要となる場合も考えられる。
実際、世界鉄鉱石生産の第2位のBHPビリトンによる同第3位のリオ・ティントの買収案についてBHPビリトンは、中国商務部に独占禁止審査の届け出をした。本件はBHPビリトンの買収計画中止により審査されずに終わると思われるが、中国の独占禁止審査自体は大いに注目されている。2008年11月18日に商務部は世界最大のビールメーカー インベブ社による同3位のアンハイザーブッシュ社買収事案について条件つきで承認する公告をだした。これは域外適用の初めてのケースであった。
執行機関の二層構造
中国の『独占禁止法』執行機関は二層構造になっている。第一義的には、国務院の下に独占禁止委員会が設定されているが、実質的な執行機関は3つの中国官庁からなる。国家発展改革委員会はカルテル規制を、国家工商総局は支配的地位の濫用を、商務部は事業者の集中をそれぞれ担当するとされている。国家工商総局と商務部はそれぞれ、独占不当競争禁止執行局と独占禁止局を設立したが、国家発展改革委員会の担当部署はまだ公表されていない。3つの執行機関とも担当分野のガイドライン作成などには着手しはじめている。商務部には既に10数件の届出があり、8件の審査決定は下されたという。
また、これらの独占執行機関は中央政府から相対的に独立した機関となっておらず、しかも独占禁止執行機関は業務の必要に基づき、地方政府の相応の機構に独占禁止法関連の法執行業務を授権して行わせることができるとされている。地方保護主義の排除を目指した独占禁止法の目的が達成されるか疑問を持たざるを得ない。
以上見てきたように、動き出した中国の『独占禁止法』制度は、自由で公正な競争秩序を維持するとともに、外資資本から国家経済・産業安全を守ることを目指し、法執行には独特な制度も設けている。しかし、企業活動に大きなインパクトを与えるだろうと思われる同法運用の効果は、これから制定される数多くのガイドラインや規則、訴訟案件の結果などに大きく影響される。その法運用から目を離せない。
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