カスタムソフト偏重は日本の問題点か?
富士通総研経済研究所 客員研究員(慶應義塾大学経済学部 准教授)
田中 辰雄
2009年1月
日本のソフトウエア産業は世間の評判が芳しくない。まず、国際競争力がない。世界に名のあるソフトウエア会社はマイクロソフト、オラクル、SAPなどであり、日本の企業は登場してこない。次に職場に魅力がない。ソフトウエアの開発現場には苛酷な労働環境と低賃金を嘆く開発残酷物語があふれており、大学でソフトウエアを学んだ新卒者がソフトウエア産業に就職したがらない。このような問題点は既に指摘されて久しく、周知の事実になった感がある。
そしてその原因としてあげられるのが、カスタムソフトへの偏重である。日本のソフトウエア企業は受託開発が多く、カスタムソフトの開発企業が圧倒的である。しかし、世界にソフトウエアを売ろうとすればパッケージソフトの形で売るしかない。カスタムソフトは顧客の要望を聞きながら開発するソフトであり、そもそも世界規模での展開には無理がある。パッケージソフトはソフト単体での販売ができるので世界への販売が可能である。
そして、世界への売り込みに成功すれば、ソフトウエアはそもそも追加費用ゼロで生産できる情報財であるから、大きな規模の利益が生じて、巨額の利益をあげることができ、その利益の分配として従業員も高収入を得ることができる。これに対してカスタムソフトでは構造的に一攫千金は難しく、従業員の収入は人月で決まるため、開発者が有能でも無能でも収入にそれほど差がつかない。そのため優れた技術者への動機付けが働かない。
一方、ユーザから見ても、パッケージソフトの規模の経済の利益は、低価格という形でユーザに還元される。また、パッケージソフトはこれから開発するのではなく既に開発済みなので、必要な時にすぐに利用できる利点がある。更にパッケージソフトは特定相手との相対取引になるカスタムソフトに比べて市場競争が激しく、淘汰が盛んに行われて良い製品が生き残るという利点もある。
これらの理由で、アメリカで既に20年以上前にカスタムソフトウエアからパッケージソフトに主流が移っていった。日本はいまだにカスタムソフトのシェアが高いままである。
このように考えると、日本のソフトウエア産業の問題点はカスタムソフト偏重にあるように思えてくる。実際、そのような言明は時々見られる。パッケージソフトに移行するべきであるのに日本がカスタムソフトに留まり続けているのは、日本のソフトウエア産業の“後進性”の現われというような論調も見られる。
しかしながら、よくよく考えて見ると奇妙である。もしパッケージソフトが開発企業にとって大きな収益をあげることができ、かつユーザにとっても便利なものであるなら、なぜ日本でパッケージソフトが広まらないのだろうか。この場合、カスタムかパッケージかを最後に選択するのはユーザ側なので、疑問は主としてユーザ側に投げかけるべきだろう。カスタムソフトが高額で、開発期間もかかり、市場競争を経ないのでパッケージソフトに機能も劣るとすれば、なぜ日本のユーザはそのような不便なカスタムソフトを使い続けているのだろうか。この問いに答えなければ問題に答えたことにならない。
この問いに正面から答えた研究は知られていない。しかし、ヒアリング調査等を行うと、この問に答える仮説がいくつか導き出せる。第1に、高い社内調整コスト説がある。パッケージソフトでは、業務にあわせてソフトウエアを変えられないので、業務の方をソフトウエアにあわせて修正しなければならない。これに対して現場からは抵抗が出る。現場に言わせれば、「現在の業務をやりやすくするためにソフトウエアを導入するのに、業務の方をソフトウエアにあわせて変更するとは何事か。慣れ親しんだやり方を変える理由がどこにある?」、ということになる。日本企業は長期雇用が多いため、労働者はその会社の業務手順に慣れ親しんでいる。またボトムアップで意思決定をすることも多い。それゆえ、アメリカのようにトップダウンで物事を決めることが難しく、したがってパッケージソフト導入のハードルが高くなる。
第2に、ユーザ企業の能力不足説がある。ユーザである企業のなかには、発注するソフトウエアの仕様書を書くことができないなど、基本的な知識が不足している企業があるといわれる。この場合、ソフトウエアのコストと便益の評価がきちんと行えるだけの能力を持っておらず、そのような企業はパッケージソフトの優位性に気づかないかもしれない。また、パッケージソフトは基本的には購入したものをユーザが自己責任でそれを使う利用形態なので、利用にあたってユーザ側に知識が要求される。日本企業にはコンピュータの基本知識を持つ人がアメリカに比べて少ないとすると、日本ではパッケージソフトは敬遠されることになる。
第3に、リスク回避度の違い説がある。ソフトウエアの変更は失敗した時の損害が大きい。これまで使ってきたカスタムソフトからパッケージソフトに変えて大きなトラブルが生じた場合、システム担当者は出世街道から永久に外れるなどダメージを受ける。が、カスタムからパッケージに変えてコスト削減や開発期間短縮などで成果を上げても、日本の雇用慣行のもとでは、担当者の報酬が大きく上がるとか、あるいは大抜擢されるなどの見返りがない。システムを決定するのが最終的な経営リスクを背負う役員会自身ならいざしらず、部課長など担当者レベルであれば、大きなリスクを負うようなソフトウエアの変更には慎重になる。
第4にネットワーク外部性説がある。パッケージソフトはマイクロソフトのオフィスや、オラクルのデータベース、SAPの業務ソフトなど標準化されるので、ネットワーク外部性の利益を享受できる。すなわち、あらたに雇った人がそのソフトを既に知っているので教育の手間がかからず、他企業と提携するときに接続が便利で、更にそのソフトを知っている技術者がたくさんいるので技術者を見つけやすい。ただし、このような利点はある程度パッケージソフトが広まらないと享受できない。日本でのパッケージソフトの普及率は低く、それゆえネットワーク外部性が働かずにパッケージソフトの普及が進まないというのがこの仮説である。
これらの仮説はそれなりに一定の説明力を持っているだろう。しかし、疑問もある。日本でも非正規雇用が増えて長期雇用は減少しているし、ITの知識も普及し、CIO(Chief Information Officer)的な役員をおくなど全社的な努力も進んできた。それにもかかわらずパッケージソフトへの移行速度は低い。そこでこの4要因以外の要因を考えてみる。
そもそも上記4要因はいずれも後ろ向きの要因である。すなわち、高い調整コスト、知識不足、リスク回避、ネットワーク外部性は、いずれも克服して乗り越えるべき障害である。できればこれらの障害を克服してパッケージソフトに変えたいが、なかなか克服が難しいのでカスタムを使い続けているという話なのであって、積極的にカスタムソフトを使いたいという話ではない。これに対して積極的にカスタムソフトを使うほうがよいという前向きの仮説を考えることができる。その有力候補が社内ノウハウ利用仮説である。
カスタムソフトは、その会社のやり方に沿って開発することができるので、その企業特有のノウハウをソフトウエアに実装することができる。したがって、その企業の競争力の源が、その企業特有のノウハウにあるとすれば、それを維持するためにはカスタムソフトのほうがよい。日本企業は長期雇用や長期取引関係を旨としており、社内に企業特有のノウハウがたまりやすい。自社の強みがこのノウハウにあるなら、これを生かすためにカスタムソフトを選ぶのは合理的な選択であり、カスタムソフトの利用は競争力を維持するための前向きの戦略ということになる。
この仮説が事実かどうか実証すべく、筆者は調査を実施した。その結果は現在まとめているところであるが、暫定的な結果としてこの仮説を支持する結果が得られている。すなわち、次の2つの事実が確認できる。(1)自社の強みが自社特有のノウハウにあると考えている企業ほどカスタムソフトを利用する。(2)カスタムソフトを利用する企業ほど生産性が高い。この2つの事実はカスタムソフトの社内ノウハウ利用仮説と適合的である。特に後者のカスタムソフトを使っている企業ほど生産性が高いというのは注目に値する。後進性の象徴とも思えるカスタムソフトを使っている企業ほど生産性が高いというのは、アメリカでは考えにくい結果だからである。
これは日米の企業の強みが異なっていることから生じる差と考えられる。アメリカの企業の強みは、市場の変化に対して資源をすばやく移動させる即応力である。企業単位でいえば、儲かる分野に資源を集中投入し、儲からない部門は容赦なく閉鎖する。産業単位で言えば、儲かる企業は伸ばして儲からない企業はつぶす。この場合、人も取引相手も固定していないので、特有のノウハウはたまりにくく、ゆえにカスタムソフトにする必要性は低い。一方、変化への対応は速度が命なのでパッケージソフトの即応性は魅力であり、また標準化していれば従業員を再教育しなくてすむなどの利点もある。したがって、市場の変化に対応して資源を激しく移動させることが強みである場合、つまりアメリカ企業の場合はパッケージソフトが適している。
これに対して、日本企業の強みは社内に蓄積するノウハウであることが多い。長期雇用と系列取引は、そのようなノウハウを自社あるいは自社グループに蓄積するための工夫と解釈できる。トヨタのカンバンシステムはよく知られているが、それ以外でも社内特有のノウハウが競争力の源になっている例は多い。例えば、アメリカで誕生したコンビニエンスストアであるセブンイレブンは日本で発展し、アメリカ企業を逆に買収するまでになったが、このときの強みは品揃え・在庫管理・デリバリー網などノウハウである。この場合、そのノウハウを実装できるカスタムソフトを選ぶのが合理的である。
このように考えると日本の企業がカスタムソフトを使い続けることには一定の合理性があることになる。すなわち、通説に反し、カスタムソフト偏重は日本経済全体にとっては問題ではない。
もしこれが事実なら、次の疑問がでる。それは、カスタムソフトが役にたつものならその開発エンジニアの待遇の悪さはなぜかという点である。カスタムソフトが日本企業の競争力の源を維持するために役立っているなら、それを提供するソフトウエア開発企業の従業員の技能には十分な対価が支払われてしかるべきである。しかし、現実には人月でコストが決まるなど、対価は十分に支払われていない。こうなってしまっている理由は別途研究する必要がある。
私見では、カスタムソフトウエアの品質あるいはその開発企業の能力の情報が、十分に顧客に伝わっていないためという仮説が有力と思われる。企業Aの開発したソフトはバグも少なくよくできているなどの情報が十分に伝われば、人月に関係なく、その企業Aの開発したソフトの価格は高くなり、開発者の報酬も増えるだろう。現状ではそのような情報が十分に流通しているとは言いがたく、それゆえに単純な人月というおよそ企業・個人の能力差を無視した乱暴な指標が使われていると考えられる。経済学風にいえばカスタムソフトの市場は極端な不完全情報のもとにあるということである。もしこの仮説が正しければ、債券の格付け機関と同じくソフトウエア開発企業の能力を評価する格付け機関が対策として浮上する。この仮説と対策の妥当性が次の課題である。
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