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オープンからクローズドへ?

客員研究員(慶應義塾大学経済学部 准教授)
田中 辰雄

2007年10月

要旨

情報通信産業ではオープン化傾向が続いてきたが、携帯電話やヤフーなどクローズド型モデルもシェアを増やしており、この傾向則に逆転の兆しがある。この逆転傾向は一時的な現象なのか、それとも持続性があるのか。この問いへの答えを、そもそもなぜオープン化が進んだのかの理由からさかのぼって考察する。オープン化が進んだのは、激しい技術革新の成果をユーザが事後的に利用しようと望んだからというのがここでの仮説である。この仮説が正しく、そして技術革新のサイクル説を採用すると、ここからオープン化が減速するという結論が導き出せる。すなわち冒頭の問いへのここでの答えは、オープン化の逆転にはそれなりの論拠があり、一時的な現象ではなく、持続的な現象であるというものである。

オープン化の趨勢と逆転傾向

情報通信産業においてオープン化はここ20年の一貫した傾向であった。ここでオープン化とは、システムを独立性の高い部品すなわちモジュールに分割し、モジュール間のインターフェースを公開して誰でもモジュールを作れるようにすることをさす。機器についてはパソコンが典型である。パソコンはCPU、OS、アプリ、周辺機器というモジュールの組み合わせであり、インターフェースに従って誰でもモジュールを生産して市場に供給することができる。利用できるのはメーカーの提供する機器・ソフトだけの大型コンピュータと比べれば、パソコンがオープンであることは明らかだろう。通信におけるインターネットも典型例であり、伝送路、中継器(ルータ)、端末(サーバやパソコン)の組み合わせが自由でユーザの手にあるという意味でオープンなシステムである。情報通信産業ではこのようなオープンなシステムが圧勝してきたのがここ20年来の傾向則であり、オープンは善・クローズドは悪というのは半ば定説化した感があった。

しかし、この傾向則に逆転の兆しがある。典型例は携帯電話であり、CPU、OS、アプリ、通信インフラから果ては決済までが、特定企業の支配下にあり、オープン化されておらず、非常にクローズドなシステムである。パソコンについても、現在の大衆ユーザの中には購入時にOSと主要アプリをあわせて購入し、そのまま新規ソフトをインストールしないまま使い続ける例が少なくない。これはユーザがパソコンを事実上オープンなモジュール型製品として扱っていないことを意味する。通信では回線、ISP、ポータル、電話そしてコンテンツ配信まで統合型モデルを取るヤフーが高いシェアを維持している。NTTなどキャリアもコンテンツ配信すなわち放送への触手を伸ばすなど統合の度合いを高めつつある。アップル社のiTuneの成功の一因は、標準フォーマットでのMPプレイヤーと音楽配信というオープンなシステムを止め、アップル独自仕様にして統合度を高め、ユーザの使い勝手を良くした点にある。SaaSもまたその例である。SaaSはデータ、アプリ、サポートをまとめてベンダ側が面倒を見る。従来は企業がデータ、アプリ、サポート要員などを自分で管理していたが、それがすべてベンダ側に一括してまかされるので、統合型サービスとみなすことができる。

このようなオープンからクローズドへの逆転現象をどう考えたらよいのだろうか。これは一時的なあだ花であり、携帯電話もやがてパソコンのようにオープン化するのだろうか。それとも、オープン化傾向に真に逆転が生じているのだろうか。この問いに答えるためには、そもそもオープン化がなぜ進んだのかに答えておく必要がある。

なぜオープン化が進んだのか

オープン化が進んだ理由は供給側・需要側双方から考えることができるが、ここでは需要側からの理由に注目しよう。需要側すなわちユーザから見たモジュール化の最大の利点は、事後的にどのような新製品、新技術にも対応できるという点である。

わかりやすい事例として、パソコンとワープロ専用機を比べて見よう。パソコンとワープロソフトの組み合わせはオープン型であり、ワープロ専用機はクローズド型である。周知のようにワープロ専用機は一時的には大きなシェアを持ったが、市場から消えていった。その理由を当時の資料を調べると次のような答えが見出せる。機能・価格・使いよさ、すべてについてパソコンに負けているとは思わないが、ワープロ専用機には夢がない、と。すなわち、パソコンはあらゆることができるという夢があるのに対し、ワープロ専用機にはその夢がない。これは事後的に生じるさまざまな新技術・新製品に対応できることにユーザが高い価値を見出していた事を意味する。

もう一つの事例として、通信の世界でかつて流行ったステューピッドネットワーク(Stupid network)論がある。これは通信インフラは伝送路だけで、後はすべてユーザが端末で処理するほうが、新しい技術革新に迅速に対応できるので優れたネットワークだという主張である。2つの端末に入れるソフトウエアを変えるだけでその端末間で新しい技術を使えるのであれば、全システムを変更する手間がかからないので、新技術の利用は容易になる。インターネットはその典型であり、実際、チャットソフト、各種配信サービス、そしてスカイプなど新しい技術・製品が早い速度で普及した。これはインターネットがモジュールの組み合わせでできたオープンなシステムだからこそできたことで、電話のようなクローズドなシステムではできなかったことである。

言い換えると、新技術・新製品がたくさん出るときには事後的にそれを利用できるようにオープン型がユーザに支持される。情報通信産業では新技術・新製品が次々に生じており、それを取り入れるためにオープン化が支持されたと理解することができる。

技術革新のサイクル

前節の仮説に従うと、新技術・新製品の登場が続く限りはオープン化が維持されることになる。しかし、これを逆に言うと新技術・新製品の登場が停滞するとオープン化のメリットは失われることになる。言い換えれば技術革新の速度が減速するとオープンのメリットは失われてくるはずである。

そして、経験則として、技術革新にはサイクルがあるという説が有力である。すなわち、これまでにない突破的な技術革新が集中的に起こる時期があり、その後に改良的な革新が続くという説である。例えば図の上は自動車産業の場合で、自動車では19世紀に末の20~30年程度の間に集中的に発明が行われた。その後20世紀初頭にT型フォードで自動車の原型ができてからは、基本設計は変わらず、改良型革新がずっと続いた。

図の下は、情報通信産業の場合、情報通信産業でも20世紀の終わりの20~30年間は突破的な技術革新の時代であった。電子メールやワープロ、表計算、ブラウザなどはいずれもこの時期の発明である。このように画期的な技術革新が数年おきに起こるときは、事後的にそれに対処できるオープン型製品、すなわち汎用のパソコンが有利である。

しかし、このような突破的な技術革新は最近では少なくなっている。2000年以降にいくつも新製品は出てはいる。しかし、2007年現在の大衆的なユーザが使う機能は、ワープロ、電子メール、ブラウザなどであり、これらは既に20世紀末までに出きっている。これら基本機能だけしか使わないユーザも多い。彼らにとってこれから起こるかもしれない技術革新にそなえて、オープン型システムを保持するメリットはない。

そしてクローズド・システムにはオープン化システムにはない利点がある。機能は限定されるが、安定動作し、セキュリティに強く、使いやすくて、責任の所在が明確である。これらの利点は、携帯電話をパソコンと比較すればよくわかるだろう。技術革新が減速するならば、これらのクローズド型の利点が見直されてくる。現在生じている逆転傾向はこの結果であると解釈できる。

結論と補足

情報通信産業で生じているオープン化の逆転傾向はあだ花ではなく、一定の論拠を持つ現象である。言い換えればそれなりに持続性があるというのがここでの主張である。もし、この主張が正ければ、それに沿った製品開発を早く進めた企業が競走上より有利になるだろう。

最後に誤解が生じないようにひとつ補足を述べたい。オープン化からクローズドへ逆転すると述べたが、以前とまったく同じ形でのクローズドにはならないだろう。例えば、ほとんどすべての部品を自社生産するというようなことにはなるとは思われない。現に携帯電話は、ユーザから見ればクローズド型であるが、個々の部品は外部から調達しており、部品はある程度モジュール化されている。オープン化の終焉はまずはエンドユーザに渡る製品・サービスから始まると考えられるが、それがどれくらい携帯電話部品のような企業の部品調達にまで及ぶかは、まだ未知数であり、わからない。これは今後の研究課題である。

全文はPDFファイルをご参照ください。

PDF オープンからクローズドへ? [232 KB]