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イノベーションと新時代成長産業

政策研究大学院大学教授
黒川 清

2007年10月

本文

世界中いたるところで「イノベーション」。たしかに、イノベーションは科学技術の成果や、新しい発想で既存の技術の新しい組み合わせを構築し、社会に新しい価値を提供し、経済効果をもたらし、新市場を開拓することを意味する。だからこそ、科学技術、研究開発への投資だけでなく、この投資の社会、市場への還元、新しい需要拡大の重要性の認識が広がっているのだ。しかも、グローバル時代、早い者勝ちになりかねないところに、独創性の重要性と競争の根源がある。そのようなプロセスの阻害因子(法律、規制等)を除き、一人ひとりが新しい時代にふさわしい「起業家精神」(entrepreneurship)を持つようにする、これが各国政策の基本にある。

なぜそのような時代になったのか?それは、産業構造が大変革を起こしているからである。イノベーションという言葉は1995年以来、急激に使われるようになった。ほぼ同時に「人材Human Resource」とともに「人財Human Capital」という言葉が多く使われるようになり、「国際International」に代わって「グローバル」が使われ始めた。これはなにを意味するのか。

世界はインターネット、ウェブで実質的につながっている、これらが普及したのは1992年以降である。この頃はまだ、携帯電話、メールなど普及していない。この年、world wide web(www)、ついで94年にはNetscape、Yahoo、Amazonなどが創業し、Windows95, Linux, そして1997年にはいまや10兆円企業となったGoogle.comが創業した。一方で、日本のInternetは2001年のIT基本法による規制緩和で広がった。1971年のIntel創業は、振り返ってみれば、「Faster, Better, Cheaper」のムーアの法則に沿ったchipの時代、新しい産業構造のビッグバンだった(Jorgenson)。

それまでの産業を牽引した技術革新と産業構造の基本は1908年のT型フォードという画期的イノベーションであり、工業製品の大量規格品生産、生産者側の理屈による市場経済、標準化、消費文化等の特徴を持ち、石油という安いエネルギー源があったから可能だったといえる。この産業構造は成熟し、成長率は減少し、開発途上国(日本も含む)に拠点が移り始める。18世紀の産業革命以降、常に繰り返されるダイナミックなイノベーションと産業変革と経済成長のパターンである(Freeman and Perez)。

この時代までの産業と経済は国家の富と力を表わし、国際規格、国際交渉など、「国家」と「国際International」が経済競争力の基本概念にあった。1974年の石油危機、排気ガスや環境汚染、公害等がこの産業成長の限界を示すことになり、新たな課題が出てくる。1971年の米国の自動車排気ガス規制「マスキー法」の意義がここに理解される。経済成長に乗っていた日本車がまずこれをクリアした。デトロイトへの挑戦である。このような産業形態は、個人より組織を優先する従来からの日本人の精神構造、社会構造によく適合したことは確かである。だが、産業構造は変化を始めていた。家電、コンピュータ製造などは台湾、韓国などが追いつき、競争できるのであり、企業はいかにコア技術に集中し、生きぬくか、の時代に入っていた。80年代はこの産業構造が成熟し、一つの時代の成長の終焉を迎えていた。

自動車のように数万を超える部品を必要とし、そのいずれかの欠陥も人身事故になりうるような製品には「Linear model innovation」、「供給サイドからの価値」では日本の強みを十分に発揮でき、しかも環境問題という新時代の枠組みへの挑戦に成功した日本は強い。そして冷戦が終わり、90年代半ばから中国が急速に追いかけ始め、この世界の生産工場はあっという間に、研究開発拠点になり、活発な投資とともに急成長を始める。エネルギー消費の急増と環境汚染という課題を抱えながら。

しかし、21世紀グローバル時代は国境の存在を薄くし、いまや「国際」から「グローバル」へ、組織で活躍する「人材Human resource」から、個人が大きな価値を生む可能性がある「人財Human Capital」の時代、更に地域クラスターがグローバルに活動できる時代になっている。この10年で、「Think Globally, Act Locally」から「Think Locally, Act Globally」の価値へと転換している。「Web 2.0, 3.0」、「Wikinomics」(Tapscott and Williams)が経済成長と社会変革のエンジンになりつつある時代となる。

グローバル化する世界の資本の動きはすばやい。旧来の成熟産業は社会基盤産業として途上国市場へ拡大する、情報化で成長する新産業へのリスク投資が起業家に多くの機会を提供し、大きな勝者と敗者を生む。18世紀後半に始まる産業革命以来の「新技術革命ビッグバン-新成長と投資(融資ではない)-バブルと崩壊-再編成-新産業の成熟」、という約50年前後のサイクルで同じパターンであるという(Freeman and Perez)。時代は繰り返す。

この新しいパラダイム情報革命はフラットな世界をもたらし(T Friedman)、世界中に新しい、無数のニッチ(隙間)、また特定の顧客を獲得するブランド、あたらしいビジネスモデルを可能にする。Demand-driven innovationであり、技術に頼っていると、時に見誤ることもある。最近の例では「Wii vs PS3」であり、洋服の「Zara」などが、10年前の「Uniqlo」と違ったビジネスモデルといえる。なぜ中国でウィスキーといえば「Chivas Regal」なのか、なぜ銀座に「Swatch」のFlagship店が出るのか。特定の顧客をターゲットにする戦略は侮れない。

この100年で、4倍に急増した地球人口は更に増え続け、エネルギー消費は気候変動をもたらし、自然環境汚染と資源枯渇は急激に進み、紛争は絶え間ない。グローバルの貧困の拡大とますます進む貧困問題、人間の安全保障など、国家、国境を超えた地球規模の問題は人類の存在さえにも疑問を投げかけ始めている。これらの問題への解決を図りつつ成長を続けることは従来型の産業構造、経済成長とどこまで相容れられるのか。これが21世紀の人類共通の課題になりつつある。多くの人たちにその問題の存在は共有されているが、これまで数千年、数百年の人間の歴史で獲得した知識と知恵だけで対処するには、これらの政治的、経済的課題はあまりにも大きい。この解決への糸口に「バイオ、ナノテクノロジー」も取り込んだイノベーションが、新しい基幹技術、基幹産業になる可能性が見えてくる。最近は、その予感を感じさせるいくつかの技術開発、ビジネスが見て取れる。その一方で社会起業家の活動が世界で広がっている。

今の時代は、人類がその成長の歴史で初めて環境、資源等の外的因子の制限を受けつつ成長をしなくてはならない、というきわめて難解な問題に向き合っているのである。人間の英知はこれを乗り越えられるか。きわめて挑戦しがいのある新ビジネスの機会がここにある。

全文はPDFファイルをご参照ください。

PDF イノベーションと新時代成長産業 [256 KB]