良いプロパテント 悪いプロパテント
主任研究員 絹川 真哉
2007年4月
2006年8月、Patent Reform Act of 2006が米国上院に提出された。米国ではこれまで多くの質の低い特許が生まれ、それらに強い権利保護が与えられてきたことで、社会的な混乱が生じている。Patent Reform Act of 2006は、「悪いプロパテント」を修正する試みである。
十分に新規性があり、かつ社会にとって有益な新技術・知識を適切に保護できれば、特許制度は技術革新を促して社会に広める効率的なシステムである。目指すべきは、「良いプロパテント」である。
米国特許法改正
2006年8月、Patent Reform Act of 2006が米国上院に提出された。米国では1980年代以降、アンチパテントからプロパテントへ大きな方向転換がなされ、特許侵害裁判では特許権者に有利な判決が多くなされるようになった。今回の米国特許法改正は、このようなプロパテントの流れを一部修正するものである。
Patent Reform Act of 2006の主な中身は以下のとおり:(1)特許権設定後の再審査プロセスを整備し、質の低い特許を減らす、(2)国際標準である「先願主義」を採用する、(3)特許侵害によるダメージの算出に基準を設けるなど、侵害裁判の乱用を抑える(http://hatch.senate.gov, Press Releases, August 7th, 2006, Hatch Introduces Patent Reform Legislation, 2007年2月9日最終検索)。メディアで注目されているのは、(2)「先願主義」の採用であるが、イノベーションの観点から特に重要なのは、(1)の「質の低い特許の低減」である。
質の低い特許は何故増加したか
1980年代以降、Court of Appeals for the Federal Circuit(CAFC)の設立など特許法の運用に関する制度変更とともに、特許申請を審査し特許権を設定するU.S. Patent and Trademark Office(USPTO)についても改革が行われた。1990年代初め、USPTOの運営費用は特許申請料から支出されるようになり、特許申請者はUSPTOの「顧客」となった。特許審査官はいかに迅速に特許審査を終わらせたかによって評価されるようになった。一度申請を拒絶しても、特許申請者は修正して再申請する場合が多く、拒絶は実質的に審査期間を長くすることになり、精査せずに審査を通してしまうインセンティブとなった。
以上のようなUSPTOの変化は、例えば、「ピーナッツバター・ジャム・サンドイッチの作り方(U.S. Patent No. 6004596)」など、疑問符のつくような特許の増加につながった。このような質の低い特許による混乱は、ソフトウェアやビジネス・メソッドなど、1980年代以降新たに特許権が与えられるようになった分野で顕著である。これら新分野については、既存特許がほとんどなく、ビジネス・バックグラウンドのない特許審査官が多いことから、申請された特許の新規性について審査能力が低くなりがちで、既に周知の知識、技術、商慣習などに多くの特許が与えられた。
これらの特許が笑い話ですまないのは、その権利が「プロパテント」によって強く保護されうることである。裁判所の特許権者保護の方針に加え、陪審員が特許性の判断を行うことから、専門家から見たら明らかに新規性を満たさないものでも、特許性が認められうるのである。したがって、どんなにばかげた特許でも、特許性をめぐって裁判で争うことは得策ではなく、ライセンス料を支払わざるを得ないのである。
以上のような状況は、ビジネスに大きな混乱をもたらすだけでなく、先端技術を用いた製品の多くが要素技術の集合であることから、新製品開発にとっても大きな障害となりうる。これまでの米国の「プロパテント」は、本来、特許が与えられるべきではない技術を強力に保護する、いわば「悪いプロパテント」であったとも言える。
特許のあるべき姿
以上のような米国特許制度の問題を低減する試みがPatent Reform Act of 2006における「特許の質の改善」である。専門家からみて新規性などの要件を満たさない特許の取消をスムーズに行うことができれば、現在米国で起こっている特許侵害をめぐる混乱を抑えることができよう。
技術革新を促して社会に広める仕組みとして特許制度は完全ではない。しかし、研究開発の成果を事前に正しく評価することができない以上、成果に応じて報酬が得られる特許制度は、いわば「Second Best」である。仮に、基礎技術の研究開発はすべて政府資金の供与で行い、特許は認めないとしたら、どれだけの費用でどれだけの成果が得られるのかが不確実な以上、適切な資金供与が行えるかどうかは不透明である。このような場合、基礎技術、ビジネス・メソッドなど分野にかかわらず、それらが新規でかつ社会にとって有益であると判断される場合に限って特許を与えることは、少なくとも理論的には、他の方法よりも効率的に技術革新を促すことができる(例えば、Suzanne Scotchmer, Innovation and Incentives, MIT Press, 2004のChapter 2を参照)。
特許制度の問題を論じるとき、「強い特許保護は良いのか、悪いのか」という議論はあまり有益ではないだろう。問題は、特許を与えるべき新規かつ有益な技術・知識とそうでない技術・知識を適切に識別し、前者を、(失敗した他のプロジェクトを含む)開発費用に見合う利潤を保証できる程度に保護できるかどうかである。目指すべきは「良いプロパテント」である。
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PDF 良いプロパテント 悪いプロパテント [202KB]
