新生日本の幕開け
グロービス経営大学院 学長
グロービス・キャピタル・パートナーズ 代表パートナー
堀 義人
2007年4月
本文
1990年代初頭にバブル経済が崩壊してから、日本は長期に及ぶデフレと不景気、いわゆる「失われた10年」に突入しました。
しかし、今日の日本は、確実に強さを取り戻してきています。経済学者や評論家の予想に反して、企業は過去最高の業績を収め、株式市場の株価はかつての底値から何倍にも上がりました。今回の好景気によって、雇用や不動産は売り手市場となっており、日本は確実に明るい将来に向かって歩みだしています。
日本経済が見事に復活した要因について、政府はトヨタやキヤノン、日産、新日鐵といった大企業の、再生と成長とを挙げています。また、小泉内閣の構造改革がもたらしたメガバンクである三菱東京UFJ銀行や三井住友銀行、大企業の統合によるJFEホールディングスなどの登場も、日本復活の原動力になったといわれます。
この考察は、決して間違いではありません。しかし、新しくて多様な産業と企業が、若い世代の力によって台頭してきている日本の現状を考えると、日本の強みを大企業のみに見出すのは不充分ではないでしょうか。
アメリカや中国、インド等において、新興企業はメディアから十分な注目をされています。一方、日本では、新しい企業群が、伝統ある大企業ほど話題に上ることはありません。しかし、日本の新しい企業群は、確実に経済の活性化に寄与しています。
2006年9月14日にソーシャル・ネットワーキング・サービスのミクシィが東京証券取引所に上場し、上場開始から間もなく、時価総額がなんと2,200億円にもなりました。東京大学卒業で弱冠31歳のミクシィ代表取締役社長・笠原健治氏は、たった一晩にして億万長者の仲間入りを果たしたというわけです。
この他にも、数多くの新しい企業が、「新生日本」を牽引しています。日本最大のEコマース企業である楽天は、プロ野球チームのオーナー会社でもあり、時価総額が一時期、1兆円を超えました。ハーバード・ビジネス・スクールを卒業した楽天会長兼社長・三木谷浩史氏は、プロ・サッカーチームも所有しています。
ベンチャー企業の数々の成功事例は、日本の新しい世代の起業家たちが活躍する時代になったことの証左ではないでしょうか。グロービス・キャピタル・パートナーズが設立したベンチャー・キャピタル・ファンドの実績では、投資額の十倍以上ものリターンが返ってきているケースもあります。
そこで、これら新しい世代の起業家の活躍を「新生日本の幕開け」と命名したく思います。「新生日本」の企業とは、20代、30代の若い起業家のもとで、日本を牽引する知識集約型産業です。対する従来の「古き日本」では、ほとんどが大規模製造業などの資本集約型の企業が占めています。
この「新生日本」現象の要諦は、以下の5つに集約されます。
- 日本人の精神的な変化
終身雇用制度や年功序列という概念は、若い世代にとって意味を持たなくなってきています。1997年の山一證券倒産のような事例を見て、世の中の会社員たちは、会社が果たして終身雇用を保障してくれるのか疑問を持ち始めました。もしも雇用が保障されないのなら、企業に忠誠心を持つことは無意味になってしまいます。会社に依存できないのならば、自分のキャリアは自分自身で確立しなければなりません。これは、転職やMBAなどの学位取得によって、自分の将来を自分で守っていくべきということです。
そういう社会背景の中、三木谷氏や笠原氏などの起業家が登場しました。彼らはいずれも、トップレベルの大学を卒業しています。彼らのようなロールモデルが登場してからは、多くの優秀な若者が後に続けとばかりに、起業家の道を歩み始めています。日本において、起業家はようやく若い世代の人々から支持され、尊敬される存在となったのです。 - 通信インフラの充実
日本におけるブロードバンド・ネットワーク環境の充実や、携帯電話普及率の高さは、諸外国と比較して大きな強みとなるものです。インターネット通信にかかる費用は、100kbpsあたり、日本では僅か6セントです。中国は1.89ドル、アメリカは1.77ドル、ドイツでは2.77ドルなど各先進国の費用と比べると、日本のインターネット通信費は破格であることがわかります 1)。また日本では3,000万人もの第三世代携帯電話ユーザーがおり、世界第一の携帯端末の利用普及度を誇っています。
これらの充実したインフラを利用したビジネスが、「新生日本」に続々と登場することが期待されます。 - 経済規模の大きさ
経済規模が大きければ、国際的な発言力も大きなものとなります。日ごろ意識をしていないことですが、日本の経済規模は世界第2位であり、アジア経済の約半分は日本が占めています。この堂々たる経済規模があるからこそ、「新生日本」はいち早くクリティカル・マスに達することができるのです。 - 科学技術の強固な基盤
いくつかの重要な科学技術や産業において、日本は世界の最先端を誇っています。例えば、無線部品、携帯端末、光ファイバー、デジタル・アニメーション、デジタルゲーム、半導体、電化製品(デジタルカメラ、デジタルビデオカメラ等)、家庭用コンピューター、ロボット、燃料電池、ナノテクノロジーなどです。近年では、ロボット産業においても、非常に興味深いベンチャー企業群が登場しています。 - 上場に適した環境
日本では毎年、アメリカを凌ぐ数の企業が上場を果たしています。2001~2005年にアメリカでは617社、日本では747もの企業が上場しました。更に、株価の公募価格を初値が上回るケースは、日本では2004年に94%、2005年には96%にも及びます。
中国や韓国の企業は、株式を上場させる市場という点で、日本のマーケットに注目しています。
以上より、日本は諸外国に先駆けて、「新しい知識集約型産業」への変革を遂げたことが理解いただけたと思います。それにもかかわらず、多くのメディアは「古き日本」であるトヨタやキヤノンの動向ばかりを重視しているため、これまで「新生日本」の出現は人々の関心に触れる機会がありませんでした。そして、「新生日本」がメディアに取り上げられたとしても、大抵それはライブドアや村上ファンドの事件のように、負の要素を含んだものでした。
しかし、「新生日本」のダイナミズムは、もう誰も無視をできないほど大きくなっています。そして「新生日本」の原動力となる新しい起業家たちこそが、我が国に繁栄をもたらしてくれることを信じています。
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