富士通総研

  1. ホーム >
  2. 調査・研究成果 >
  3. Economic Review >
  4. Vol.11 No.1 2007年1月 >
  5. 国民が真に求める医療政策を実現するために:7つの課題

国民が真に求める医療政策を実現するために:7つの課題

富士通総研経済研究所客員研究員(日本医療政策機構副代表理事/東京大学特任助教授)
近藤正晃ジェームス

2007年1月

本文

国民が真に求める医療政策とは何か。

この問いに答えることなくして、医療政策の優先順位を見極めることはできない。しかし、これまで、医療政策に関する世論調査は決定的に不足していた。

そこで、2006年1月に、全国の20歳以上の有権者を対象に、医療政策についての体系的なアンケート調査を実施した(実施主体:日本医療政策機構。無作為抽出の4,000人に郵送。有効回答数は1,011人)。回答者の地域別構成比は平成17年国勢調査の結果とほぼ同様の分布であった。

その結果を概観しながら、国民の視点から見た、今後の医療政策の中心的な課題について考察したい。

国民の医療への満足度

  1. 国民の6割が現在の医療に不満を持っている。
    医療に対する全般的な満足度は、国民の10%が「大いに不満」、50%が「やや不満」であった。「まあ満足」としているのが全体の39%であり、「大いに満足」との回答は0.6%にとどまった。
  2. 属性別には、突出して「不満」が少ない70代以上。
    年代別には、20代から60代のすべての年代で「大いに不満」「やや不満」の合計が6割以上であったのに対し、自己負担が少ない70代以上は35%と突出して低かった。
  3. 全般的満足度改善への寄与度が最も大きいのは「医療の安全性」の改善
    医療制度を10個の要素(注1)に切り分けて、個別満足度を改善したときに全般的満足度がどれだけ向上するかを解析すると、1位は「医療の安全性」、2位は「治療方針への患者自身の意見の反映」、3位は「医療費の水準」であった。
  4. 満足度のバラツキが最も大きいのは「医療機関の患者に対するサービス」
    満足度のバラツキが大きく、「公平」の立場から課題が大きいのは、1位「医療機関の患者に対するサービス」、2位「医療機関へのアクセス」、3位「医療費の水準」であった。
  5. 最も不満の強い人を救済するには「診断・治療等の技術の質」を最優先
    最も不満の強い人に着目し、その人の不満状態を改善することを最優先した場合、重要な要素は、1位「診断・治療等の技術の質」、2位「医療費の水準」、3位「医療制度の平等性」であった。
    いずれの基準によっても「医療費の水準」が上位に来ることは注目に値するが、その他の項目は価値基準の選択によって順位が大きく変動する。したがって、優先順位をめぐる議論においては、いかなる立場に立って政策を議論していくのかということを明らかにする必要がある。

医療制度の決定プロセス

  1. 国民の6割が、医療制度改革は「市民・患者代表」が主導すべきと指摘
    「国の医療制度改革は、誰が主導して決定すべきか」との問い(3つまで回答可)に対して、1位は「市民代表・患者代表」で6割に上り、政策への市民・患者参加を重視する声が確認された。2位は「専門家・有識者」(53%)であった。一方で、これまで医療政策の意思決定を主導してきた「医療提供者」は48%、「厚生労働省」は42%に留まった。
  2. 国民の不満が最も多かったのは、市民不在の制度決定プロセス
    個別項目ごとの満足度において国民の不満が最も高いのは「制度決定への市民参加の度合」と「制度決定プロセスの公正さ(既得権益の排除)」であり、「不満」の割合がそれぞれ76%、75%に上っていた。
    次いで不満が強かったのは「医療費の水準(保険料・窓口負担等)」と「医療制度の平等性(貧富の差への配慮)」であり、「不満」の割合はそれぞれ69%、68%であった。

医療費の規模と財源

  1. 政府支出の総額は「減らすべき」が大勢
    政府支出の総額については減らすべきとの考えが主流であることが確認され、「大幅に減らす」「やや減らす」の合計(50%)が「大幅に増やす」「やや増やす」の合計(19%)を上回った。年代別にみても、すべての年代で「減らす」が「増やす」を大幅に上回った。
  2. 支出の中身は、公共事業・防衛から社会保障・文教・科学振興へシフト
    更に政府支出の内訳では、「公共事業」「防衛」を減らし、「文教・科学振興」「社会保障」を増やすべきという国民の考えが示された。公共事業については67%が「減らす」と回答し、「増やす」の9%を大幅に上回った(注2)。一方で、社会保障については「増やす」(46%)が「減らす」(20%)を大きく上回った。
  3. 社会保障の規模は意見が二分
    社会保障の規模については、「高齢化による増加分は負担を増やすべき」という4割と、「現在の負担水準を維持し、高齢化による増加分は給付水準を引き下げるべき」という4割とに、大きく意見が分かれた。
    「年金」「医療」「福祉・介護」という社会保障の各項目別に見ても、社会保障全体と同様にすべての項目で国民の意見が4割程度ずつに二分されており、大幅な増減を求める国民は同様に2割以下に留まった。
  4. 社会保障費の増加は公費(税金)でまかなう
    社会保障の規模と同時に、その財源確保の形態や負担の水準についても、調査を行った。
    まず、医療費が増大した場合の財源確保手段として最も多く選択されたのは公費(税金)で、「増やすべき」(34%)が「減らすべき」(17%)を大きく上回った。
    一方、「患者窓口負担」は「減らすべき」(29%)が「増やすべき」(20%)を若干上回った。ただし、年代別にみると70代以上の集団のみは患者窓口負担を「増やすべき」(23%)が「減らすべき」(14%)を上回っている。
    また、「保険料」についても「減らすべき」(19%)が「増やすべき」(9%)を上回ったが、69%は「現状維持」を選択している。
  5. 小幅な増税であれば国民の7割以上が受容
    社会保障費を消費税でまかなうこととした場合、国民の7割以上が税率引き上げはやむを得ないと考えている。ただし、そのうちの8割弱(全体の56%)は2~5%(税率7~10%)の小幅な増税にとどめるべきと考えている。最も多く選択された税率は10%であり全体の4割が選択した。また、選択肢の税率を回答者数の割合で加重平均した税率は9.1%となった。
  6. 生活習慣病予防の自助努力を医療費負担に反映
    生活習慣病に対応した医療費負担の考え方についても調査を行い、国民の半数以上が、生活習慣病については個々人の自己管理が報われる支払いメカニズムを求めていることが示された。「本人が予測・予防できない救急や感染症などの医療は患者負担を軽くして、予測や予防が可能な生活習慣病については患者負担をより重くすべき。そうすれば、患者が自分で健康管理をするようになるし、医療費負担もより公平になる」という考えに対しては、56%が賛成し、反対の42%を上回った。
  7. 自己負担増には慎重
    自己負担を増やす領域として、「日常的に発生する小額の医療費」、「高額な先進医療」、「回復の見込みの無い延命治療」などが議論されているが、過半数の賛成は得られていない。
    小額の医療費を保険の対象から外して自己負担を上げる考え方は、いわゆる「保険免責制」として議論されている。本調査では国民の3分の2にあたる66%が「反対」し、「賛成」は30%であった(注3)。
    逆に、高額な先進医療を保険の対象から外し、経済的な余裕のある人だけが自己負担で受けられるようにするとの考え方も存在するが、これに対しては最多の69%が「反対」と回答した(「賛成」は28%)。
    一方、延命治療については、「反対」(50%)と「賛成」(46%)が拮抗しているが、いずれも過半数の支持を得るには至っていない。

医療資源の配分

  1. 高齢者中心から、現役世代重視へ
    世代別の医療費の配分をあり方については、高齢者への医療費の配分を減らすべき(36%)という人が、増やすべき(16%)という人を大きく上回った。
  2. 「治療」中心から、「研究・予防・ケア」重視へ
    研究・予防・治療・ケアという医療の段階別の医療費の配分については、「増やすべき」の割合は、1位が「研究」(61%)、2位が「予防」(45%)、3位が「ケア」(36%)で、「治療」は最低の23%であった。

7つの課題

世論調査結果から、以下の7点が、医療政策の大きな課題として浮かび上がってくる。

  • 国民の医療への不満の解消:国民の6割が現在の医療制度に不満を持っているという現実を受け止め、その不満を解消するための施策を打ち出す必要がある。なお、施策を選択する上では、その費用対効果(「効率」)を重視するのか、格差の縮小(「平等」)を重視するのか、あるいは特に不満の強い人を優先的に救済するのか(「公正」)、プライオリティを設定するための評価基準の選択も必須である。
  • 市民・患者主導の医療政策プロセスの確立:市民・患者不在の意思決定に対する国民の不満は大きい。市民・患者の声を吸い上げるためのいくつかの試みは始まっているものの、その範囲は極めて限定的である。医療は、生活に密着した領域であると同時に専門性が極めて高い領域でもある。市民・患者主導の意思決定プロセスの確立に向けて、国及び地方でさまざまな試行錯誤が求められている。
  • 公共事業から(医療を含む)社会保障への政府支出のシフト:国民の7割が公共事業は減らすべきだと考えており、半数が社会保障を増やすべきだと考えている。近年まさにそうした資源配分の変更が行われてきたが、国民は、限られた政府支出の配分をより大胆に変更することを求めている。こうした資源配分の変更には政治的リーダーシップが不可欠であり、各政党がマニフェストでも提示すべき、政策の柱の議論でもある。
  • 公的医療費の水準現在維持か、高齢化による追加分を負担か:公的医療費の水準については、「現状維持」派が4割、「高齢化による追加分を負担」派も4割であった。注目すべきは、政府による将来の医療費推計が、高齢化による追加分を大きく上回っていることである。高齢化による追加分を超えて公的医療費を増やすべきとの意見は、今回の世論調査では3%に過ぎなかった。医療費の将来推計の計算根拠を広く公開し、今後の医療の負担と受益のあり方について、大きな選択の議論を展開する必要がある。
  • 医療費を含む社会保障目的の消費税増税の是非:今後の社会保障費のすべての増加分を消費税で負担する場合には、税率が9%程度になることはやむを得ないとの考えが世論調査により示された。こうした意見は、増税に対する国民の理解を示す結果だと解釈することも可能だ。その一方で、2025年までの国民負担率の増加をすべて消費税で賄えば30%ポイントの増税が必要との推計も存在し(注4)、国民の増税負担意欲は必要水準よりもはるかに低いと解釈することもできる。今後、医療費が増えていく中で、増税の是非についても、各党がそれぞれの考え方を提示し、根拠も含めた議論を広く行っていくことが必要である。
  • 生活習慣病の予防に向けた自助努力が報われる医療制度の検討:社会的なリスクから生じる感染症を個々人が予防することは困難である。しかし、生活習慣を改善することで、慢性疾患を個々人が予防することは(個人差はあるが)可能である。世論調査では、国民の半分が、自助努力が報われる医療制度を望んでいることが示された。遺伝と社会環境の影響も考慮しつつ、自助努力を促すべく、制度の「自助」、「共助」、「公助」の再設計を行わなければならない。
  • 「高齢者」「治療」中心から「現役」「研究・予防・ケア」重視への資源配分への変更:今後、高齢者向けの医療費は更に増加するが、その大部分は現役世代が負担することになる。世代間の不公平を解消すべく、高齢者医療費の負担方法について、現実的な政策提言が求められている。また、これまでの治療中心の医療体系から、研究・予防・ケアをより重視した医療体系が国民に望まれている。こうした資源配分の変更が長期的に疾病構造や医療費にどのような影響を及ぼすのかという厳密な研究と、それを踏まえた資源配分のあり方についての政策論議が必要とされている。

世論調査からは、以上のように、医療制度の根幹に関わる7つの問題提起が行われた。医療政策に関わるステークホルダーが具体的な政策提言を行い、そうした議論を踏まえて活発な政策論議が展開されることが期待される。 調査の詳細については「医療政策 vol.3」(http://www.healthcare-policy.org/index.html)をご参照下さい。


1) 10個の要素とは、「制度決定への市民参加の度合」、「制度決定プロセスの公正さ(既得権益の排除)」、「医療費の水準(保険料・窓口負担等)」、「医療制度の平等性(貧富の差への配慮)」、「医療機関や治療方法についての情報」、「医療機関の患者に対するサービス」、「医療の安全性」、「治療方針への患者自身の意見の反映」、「医療機関へのアクセス」、「診断・治療等の技術の質」である。

2) 公共事業費は1998年度決算での13兆円から2006年度予算の7.2兆円にまで、削減されてきている。

3) 「保険免責制」は2006年提出の医療制度改革法案をめぐる議論の中で提案された。最終的に法案に盛り込むことは見送られたが、引き続き検討が行われている。安易な重複受診等の抑制で医療費を抑える効果があるとされるが、受診抑制で病気の早期発見が遅れ、かえって医療費を増大させるとの指摘も存在する。

4) 矢野康治『決断!待ったなしの日本財政危機』東信堂、2005。110頁より。

全文はPDFファイルをご参照ください。

PDF 国民が真に求める医療政策を実現するために:7つの課題 [265 KB]