中国における労働力過剰と人材不足のジレンマ
上席主任研究員 柯 隆
2007年1月
公式統計によれば、中国の失業率は4.2%である。常識的に考えれば、決して高い水準とはいえない。しかし、この失業率の定義は都市部の失業登録者に限定したものである。登録していない者と農村部の失業者を含めれば、失業率は20%近くになる(都市部の登録労働人口1億9,000万人に対して、2,100万人が失業状態にある。農村部に4億9,000万人に対して、1億人以上は失業状態にある。したがって、失業率は最低でも17.8%になる)。
過剰労働力のプレッシャー
ワシントンのブルッキングス研究所で開かれた講演会で、中国の労働社会保障大臣田成平は次のように述べた。「中国の都市部で毎年2,400万人の雇用需要がある。実際に就職できるのは1,100万人程度であり、残りの1,300万人は就職できないでいる。そのうえ、農村部には、4億9,700万の労働力がいる。2億人は出稼ぎしており、1億8,000万人は農作業に従事している。このようなラフな計算でも、なお1億人の農民は余剰労働力になっている」。
中国政府は雇用を創出するために、全国に3万6,000ヵ所の職業紹介所を設立した。これらの職業紹介所では、雇用に関する需要と供給のミスマッチを解消するための努力をするほか、国有企業からレイオフされた労働者の再就職を助けるために、職業訓練を無料で実施している。
問題は、投資主導の経済成長のもとで労働集約型の産業は競争力を失い、産業構造の高度化が遅れることにある。すなわち、設備投資が毎年30%ずつ伸びることで、資本装備率(資本÷労働力)が上昇し、その結果、労働生産性が上がる。しかし、労働生産性の向上により、失業問題はいっそう深刻化している。なぜならば、GDP1ポイントの成長による雇用の創出効果が下がるからだ。本来ならば、中国のような人口の多い国では産業構造の高度化を図ると同時に、繊維アパレル産業のような労働集約型産業も維持していかなければならない。これは中国にとってまさにジレンマになっている。
こうしたなかで、中国のポリシーメーカーにとって経済成長そのものよりも、経済成長による雇用の創出がもっとも重要な目標である。農村の余剰労働力を吸収するために、都市化政策を実施していくことが重要である。同時に、都市部の失業問題を緩和するために、サービス業の振興も不可欠である。
全国的にみれば、失業問題がもっとも深刻なのは国有企業のウェイトの高い地域である。例えば、かつて重工業の基地だった東北地域や西北地域は国有企業の設備の老朽化で失業問題はますます深刻化している。
胡錦濤・温家宝政権は東北振興や中部の台頭といった地域振興策を打ち出している。その目的はいうまでもなく産業振興を通じて雇用を作っていくことである。中国社会の最大の不安要因はまさに失業問題である。05年、全国で起きた集団「騒乱」は8万件に上るといわれている(中国公安部発表)。
人材不足の制約
一方、中国に投資している外国企業の多くは人材不足という悩みを抱えている。特に、エレクトロニクスのような技術集約型の企業は熟練技術者を募集しても、企業からみて、満足できるレベルに達している者が少ない。こうしたことを背景に、近年、熟練技術者とマネージャーになる人材が不足し、それによって人件費が上昇傾向を辿っている。
日系企業はその企業文化から賃金のベースアップのスピードが遅いため、一般的に、中国の大学生の間で人気は高くない。欧米系企業は能力主義と成果主義を徹底しているため、賃金のベースアップが早い。結果的に、優秀な人材は日系企業から欧米系企業へと流れていく。
むろん、欧米系企業にとって悩みがないわけではない。優秀な人材をヘッドハンティングする動きが盛んになっていることで、欧米系の企業でも離職率が高いレベルで推移している。例えば、システム・エンジニアになれば、離職率は軒並み20%を超える。
こうしたなかで、地場企業は優秀な人材を定着させるために、あの手この手で努力している。企業にとってもっとも重要なのはチームを束ねるマネージャーである。マネージャーの離職を防ぐために、会社の株式を購入できる権利であるストックオプションを与える企業が少なくない。特に、地場企業の多くは規模が小さいため、賃金水準のレベルで欧米系や日系企業と互角の競争はできない。ストックオプションの付与や仕事の自主決定権の拡大などで職場への定着が図られている。これらのやり方は日系企業にとっても大いに参考になると思われる。
そのほかに、仕事のやりがいを強化することも重要である。中国で実施した企業調査で明らかになったことだが、ホワイトカラーが離職する一番の原因は給料に対する不満ではなく、仕事の内容に不満を持つからといわれている。特に、開発系の企業の場合、手持ちの仕事が終了し、新たな仕事がまだ受注できない「谷間」に、優秀な人材の離職がもっとも多い。
最後に、仕事に対する評価である。日本の企業文化の影響で従業員に対する評価は一般的に公表されない。トップマネージャーの裁量に委ねられるケースが多い。しかし、中国の国民性から、日本企業の「秘密主義」にどうしても抵抗感を感じざるを得ない。計画経済の平等主義を嫌う中国の若者にとって日本企業に入り再び「社会主義」を味わうような体験である。要するに、細く長くを経営の目標とする日本企業の企業文化は中国に根ざしていないということである。
欧米系企業の場合、全従業員の評価を公示することが常識になっている。それに対する不満があれば、従業員は上告できる。それによって、評価するほうも評価されるほうも適度な緊張感が保たれ、業績向上に寄与すると考えられる。日本企業は自らの企業文化を大切にすることが重要かもしれないが、進出先の市場ニーズに対処するために、経営の現地化が求められている。
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