10年後の人民元
上席主任研究員 柯 隆
2007年1月
10年後の人民元
中国経済は10%以上の高い成長を続けており(06年上期成長率10.9%)、物価上昇率(CPI)は1.3%(同)と低い伸びに止まっている。まさにインフレなき経済成長という経済学のテキストに書かれた理想的な状況にあるようにみえる。問題はその中身である。
現在の経済成長は不動産投資や効率の悪い国有企業の設備投資がけん引しているため、持続不可能と思われる。また、エネルギーや資源の多消費型の経済成長になっており、単位当たりのGDPを作り出すために消費されるエネルギーはアメリカの2.4倍、日本の8倍にのぼる。エネルギーや資源の利用効率を上げないと、このままでは経済成長が息切れする恐れがある。
元高基調と不安要因
ゴールドマンサックスの予測によれば、中国のGDPは2016年に日本を抜いてアメリカに次いで第2の経済大国になるといわれている。長期的には、中国経済の高成長は間違いなく人民元高をもたらし、名目GDPの拡大につながる。しかし、人民元がこのまま上がり続けるかどうかについて、中国経済の中身を精査して判断しなければならない。
短期的に、貿易黒字の拡大と外国直接投資の流入は外貨準備を増加させ、過剰流動性をもたらし、不動産市場を中心に投資過熱がみられている。胡錦濤・温家宝政権は2003年から景気引締政策を実施しているものの、ほとんど効果が上がっていない。
こうしたなかで、国際収支の不均衡を是正するために、人民元の為替レジームを改革し、より柔軟なシステムに切り替え、国際収支の不均衡を是正することが必要と思われる。しかし、人民元の大幅な切り上げは農業など国際競争力を欠いた産業に大きなダメージを与える恐れがある。また、繊維紡績産業のような労働集約型産業は激しい市場競争に晒され、利幅が狭まっている。現在、繊維紡績産業の従業員は1,960万人に上り、中国政府の試算によれば、5%の切り上げで、その雇用は67万人減少するといわれている。
したがって、人民元の切り上げは不可欠ではあるが、緩やかに実施していかなければならない。それに合わせて、産業構造の高度化も図ることが必要である。
では、今後10年間のタイムスパンから考えれば、人民元の対ドルレートはどこまで切り上がるのだろうか。
中国のGDP規模と米国経済の先行きを考えれば、人民元の対ドルレートは現在の1ドル=7.88元(06年11月現在)から4元または5元に大幅に切り上がることが予想される。特に、2010年ごろ、アジア域内の自由貿易協定(FTA)の締結が予想され、対米輸出の一部がアジア域内貿易にシフトされ、基軸通貨としてのドルの地位が相対的に低下する可能性が高い。アジア通貨単位の誕生に向けて人民元の重要性はその経済規模の拡大に伴い、いっそう高まることになる。
アジア通貨単位の誕生と中国の金融制度改革
1997年のアジア通貨危機の教訓として、過度な対米依存は不安定な経済成長をもたらすことがあげられる。米国への輸出に代わって、アジア域内のcommon marketを構築し、対米輸出の一部を域内貿易にシフトすることが重要である。まず、域内の自由貿易協定の締結が必要である。そして、域内主要通貨からなるアジア通貨単位の誕生が予想される。このなかで、人民元は重要な役割を果たすものと思われる。
大きなトレンドとして、経済成長とともに、人民元は次第に切り上がっていく。同時に、為替の変動幅が拡大し、フレキシビリティが確立する。更に、人民元に対する信用が確立し、人民元は徐々にハードカレンシー化する。今後、世界通貨のマップはドル、円、ユーロに加え、人民元の存在感が高まってゆく。特に、アジア地域のアンカー通貨として、人民元と日本円はアジア通貨単位の誕生に大きく貢献する。
とはいえ、人民元が米ドルやユーロに代わっていくことは考えにくい。米国経済は景気の調整局面に入ることがあっても、大きく崩れることが考えにくい。ユーロもEUの結束が強まるトレンドにおいて存在感を誇示していくだろう。したがって、今後の世界通貨の構成はこれまでの3大基軸通貨の体制から人民元が加わり、4大基軸通貨の時代が訪れる。
繰り返しになるが、ここで重要なのはやはりアジアにとっての人民元の動きである。中国の周辺諸国では既に人民元は自由兌換ができるようになっている。日本の主要な国際空港でも人民元を入手することができる。ハワイやシンガポールなどの免税店で人民元による支払いが可能となっている。
人民銀行は為替レジームの改革が単なる為替レートの切り上げだけでなく、アジア通貨単位の誕生を意識し、域内の通貨協力の強化を呼びかけている。そのために、中国は現在、通貨バスケットを参考に日々の為替相場が決定されている。今後、通貨バスケットが本格的に導入されれば、そのなかでアジア諸通貨のウェイトを高めることで、アジア域内の通貨協力にも貢献するものと思われる。
問題は、中国国内の金融制度改革の遅れが金融の国際化と自由化の足かせとなっていることにある。4大国有銀行の改革は未だ道半ばにある。現在の経済成長は48%にも上る高い貯蓄率を背景に実現されているが、家計部門から企業の投資部門への金融仲介は事実上国有銀行に頼っていることから、資源配分の非効率性は自ずと銀行部門の資産劣化につながる。
繰り返しになるが、国民貯蓄の大半が国有企業に仲介されている。不採算プロジェクトに投資する国有企業の体質から国有銀行の融資が不良債権化する構造になっている。
そのなかで、直接金融市場は弱小のままで未発達である。現在、金融市場全体に占める証券市場の割合は17%(2005年)に止まる。そのために金融政策は機能不全に陥っている。要するに、金融仲介において市場メカニズムが機能していないから、金融政策がワークしないのである。
結論的にいえば、金融システムと金融市場の効率化を実現しないまま、金融の自由化と国際化を性急に推進することは金融危機を招く恐れがある。
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