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シンガポールとのFTAが製造業に与える影響

上級研究員 濱崎 博

2006年10月

FTA促進再考を促すシンガポールとのFTAの評価

2002年1月、小泉総理とゴー・チョクトン首相との間で、日本で最初のFTAを含む日本・シンガポール新時代経済連携協定への署名が行われ、2002年11月30日に発効した。当時、わが国においては、シンガポールとのFTAは、シンガポールの経済規模が小さいため、あまり大きな効果(影響)があるとは考えられておらず、中国や韓国とのFTAへ向けての経験蓄積と見られていた(実際、経済モデルの試算によると日本・シンガポールFTAのわが国への便益はGDPで約0.07%程度と非常に小さなものであった)。

ここでは、発効後3年以上経過したシンガポールとのFTAが製造業に対してどのような影響を与えているかに関して評価を行う。

なぜ欧米製造業はシンガポールに進出するのか?

シンガポールといえば、金融のイメージが強いが、実はシンガポールのGDPに占める製造業のシェアは27%(2005年)と意外に高い。製造業のGDPの内で、電機の占める割合が高く37%である。以下、バイオ・メディカル・サイエンス(18%)、化学(14%)が続く。シンガポール経済開発庁(EDB)は今後もGDPに占める製造業の割合を25%程度に維持することを目的としており、外資製造業の新規投資呼び込み及び既にシンガポールに拠点を持つ外資企業の引止めに必死である。そのためにEDBは、1)IP(知的所有権)保護、2)インフラの充実、3)バイオ・サイエンスなどへの研究開発費の増額、4)人材教育の拡充を行っている。また、FTA締結を積極的に進め、アジア地域における製造業のハブであり続けること目指している。

HP(ヒューレットパッカード)は、シンガポールをアジア戦略の重要なハブと位置付けている。HPがシンガポールにハブ拠点を持つ理由として、日本・シンガポールFTAを挙げており、シンガポールで製造(サーバーを製造)することにより、世界第二位のIT市場である日本への関税が無税となることを大きなメリットと認識している。

化学品大手のデュポンは、シンガポールのジュロン・アイランドにポリマー製造工場を所有している。シンガポール進出の理由として、1)アジアで最も進んだIP保護、2)充実したインフラと同時に、3)同工場生産量の35%を輸入する日本とのFTAを挙げている。日本での工場操業は非常に高コストである一方、シンガポールでは、充実したインフラ、優遇税制、効率的な各種手続きにより、日本より低価格での製造が可能である。また、効率的な物流システムが、日本市場への距離の問題を解決している。

英国大手医薬品メーカーであるGSK(グラクソ・スミス・クライン)もシンガポールにR&D部門と工場を所有しており、シンガポールをアジア戦略のハブとしている。医薬品は他産業と比較して売り上げに占めるR&D投資が高く、研究開発・マネージメントを行う人材の確保の容易さ、IP保護条件の高さ、更には英語を話すことが拠点選定の大きな要因となっており、安い労働力は重要な要素でない。そのため、GSKはIP保護が未整備の中国への進出を見合わせている。GSKにとってアジアで最大の市場は日本である。市場に近い場所で工場及びR&D部門を持つことが一般的であるが、日本は医薬品の承認など公的手続きが非常に不透明であることが、GSKの日本への進出を阻んでいる。これに加え、日本・シンガポールFTAがシンガポールに今後も留まる大きなインセンティブとなる。

日本・シンガポールFTAからの示唆

日本・シンガポールFTAは、わが国においてはあまり大きな意味を持つものであると思われてこなかった。しかし、シンガポール政府は、日本とのFTA締結を外資製造業誘致の切り札とし、巨大な市場である日本とのFTAを有効に活用している。 シンガポールにアジア地域HQ、R&D部門を設け、シンガポール周辺国(タイ、インドネシア、マレーシア、中国、インド)をサプライヤーとして活用し、最終組み立てをシンガポールで行い、日本へ輸出することがアジア・サプライチェーンの一つのモデルとなっている。

現在日本では、東アジア全域において包括的な自由貿易協定締結が大きな話題となっている。農業問題を懸念する声は多いが、製造業部門に関しては大きな便益があることに関して異論を挟む人は少ないであろう。サプライチェーンをアジアもしくはグローバルに構築することが世界の潮流となっている今、包括的自由貿易協定の締結はこういった流れを加速させることになる。ただし、こうした流れへの準備無しに、FTA協定を締結することは、欧米企業を中心にわが国からR&Dなどの知識集約部門がシンガポールなどのアジア地域へ流出することを招く可能性があり、わが国製造業の持続的成長を損なう結果となる。

全文はPDFファイルをご参照ください。

PDF シンガポールとのFTAが製造業に与える影響 [206 KB]