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著作権の最適保護水準

客員研究員(慶應大学経済学部助教授) 田中 辰雄

2006年7月

本文

ブロードバンドの普及とデジタル化の進展に伴い、著作権保護の必要性を訴える意見が多く聞かれる。デジタル化された映像・音楽ファイルは、ブロードバンドに乗っていくらでも違法にコピーされうるので、それを防ぐ仕組みが必要というわけである。CCCDやDVDコピープロテクション、地上波デジタルのコピーワンスなどのDRM(Digital Right Managing System)の利用、更にファイル交換行為への訴追措置や私的録音補償金制度などは、そのような主張に沿って生み出された工夫であり、措置である。

しかしながら、経済学的に見た場合、著作権保護はいくらでも強化すればよいというものではない。著作権の保護には最適水準があり、保護を強めることがいつも望ましいとは限らない。保護を強めるべきかどうかは、経験的にテストされるべき問題である。そして経験的に調べてみると、いくつかの例では日本での保護水準は既に過大であり、むしろ弱めたほうが望ましい可能性を指摘できる。以下、著作権保護の最適水準について簡単に述べてみよう。

最適保護水準

映像・音楽・書籍などのコンテンツは情報財である。情報財は無限にコピーが可能であるという特性を持っているので、ある人がそれを利用しても、他の人の利用は妨げられない。このように使う人の間で競合が起こらない財の場合、それが既に存在しているのであれば、すべての利用者が無料でこれを利用するのが社会的に最適である。しかし、情報財が無料で利用できるとなると、対価の徴収ができないので、その情報財の生産(創造活動)が行われなくなる。ゆえに生産者(創造者)に誘引を与えるために、ある程度の排他的な利用権を生産者に与える必要がある。この排他的な利用権が著作権や特許権などの知的財産権である。

言い換えれば、情報財は、利用者の視点からは価格ゼロで誰でも自由に利用できたほうがよいが、生産の誘引を与えるためには生産者に排他的利用権を認めたほうがよい、という矛盾した側面を持っている。そもそも著作権はこの2つの相反する要請をバランスさせるように設定するという宿命を負っている。

いま、単純化して著作権の保護水準をxではかり、図1の横軸にとる。便宜上最弱を0、最強を1としておく。左の縦軸に利用者の利益を測ると、保護を弱めた方が利用者の便益は増加するから、利用者の便益は図のように左に向かって上がっていく曲線Uとなる。一方、右の縦軸に情報財の生産による利益をとる。保護を強めた方が生産者の報酬が増えて情報財の生産への誘引は増えるから、情報財生産による利益は右上がりの曲線Pで表される。両者の和が社会的な利益であり、Vの点が保護の最適水準となる (注1)。

図1 著作権の最適保護水準

この図からわかることは、著作権の保護には最適水準があるということである。言い換えれば、著作権は強めればよいというものでなく、弱めることが望ましいこともあることになる。この主張には違和感を持つ人もいるかもしれない。しかし、著作権と並ぶ知的財産権の代表である特許では、このことは既に広く認められている。特許では保護水準(特許の範囲や期間、成立要件)を強めすぎると、利用者である企業の利益を害し、産業あるいは社会の発展にとって有害であることを、多くの論者が指摘している。例えばDNAの配列だけの特許や、ビジネスモデルのアイデアだけの特許が認められていないのは、このためである。著作権も同じ知的財産権であるから、基本的には同じ議論が可能で、最適な保護水準を考えることができる。

それにもかかわらず、著作者に無制限の権利を認めるような考えが一部に見られる。これは、著作権を物財への所有権と同じものと見なすか、あるいは著作権を人格権のような基本的人権の一部と見なすからであろう。法律的にそのような立場の見解が強いようである。しかし、知的財産権のそもそもの成り立ちが、生産者に十分な報酬を与えて生産の誘引を与えることにあったとすれば、その成立論拠は経済学的なものである。そして経済学の立場に立つ限り、最適保護水準があると考える方が自然である。

音楽CDでの例 : CCCDとファイル交換

では最適水準はどこにあるのだろうか。これに答えることは図1の曲線の形を推定することを意味し、簡単ではない。しかし、図1で生産者側の利益の曲線Pは、生産者の報酬すなわち売上の関数であるから、保護水準を変えたときの売上の変化がひとつの判断材料になる。例えば、保護水準を弱めたときに生産者の売上が減らないなら、保護は弱めた方がよい。なぜなら生産者の売上に変化がなければ曲線Pは水平になり、図2に見るように利用者の便益が確認できる限りは、保護を弱めた方が社会全体として厚生は高まるからである。

例として音楽CDをとると、音楽CDのコピーコントロールをかけたときとかけないときで、CDの売上に変化がないなら、コピーコントロールはかけないほうがよい。ファイル交換が行われる時と行われない時とで売上に差がないなら、ファイル交換はあってもよい。もちろんレコード業界はそんなことはなく、CDのコピーやファイル交換が音楽CDの売上を減少させたと主張している。しかし、実際に調べてみると音楽CD売上を減少させる効果は見出せない。

図2 売上が変わらない2点間の比較

CCCDが掛かっているどうかはわかるので、音楽CDの売上を説明する回帰式をつくり、CCCDの影響があるかどうかを調べることができる。調べてみると、CCCDは売上にほとんど影響を与えていない (注2)。もしCDのコピーで売上が下がっているなら、CCCDにしてコピーを防げば売上は増えるはずである。しかし、実際には売上の増加は観察されない。売上が増えないとすればユーザの便益を奪うCCCDの導入は社会全体の効用を低下させているので止めるべきであることになる。

ファイル交換についても同様に、音楽CDの売上を減少させているという関係は見出されない。図3は、音楽CDでのWinnyでのファイル交換とCD売上枚数の関係を散布図で示したものである (注3)。横軸がWinnyでのダウンロード数であり、いわばファイル交換でその曲がユーザの手に渡った回数である。縦軸はその音楽CDの売上枚数である(それぞれ対数表示)。ゆるやかな右上がりの関係が見て取れるが、人気のある曲は売上もダウンロードも増えるので、これだけからは両者の関係はわからない。しかし、全くダウンロードされていない曲が左端Aに並んでいるが、その平均売上枚数が、グラフ中のダウンロードされた曲(B)の売上枚数とあまり差がないことに注意されたい。もし、ダウンロードされれば売上が減るという関係があるのであれば、図のAの部分はもっと上の位置にくるはずである。AとBが売上枚数でほぼ変わらないということは、ダウンロード数が売上枚数に影響を与えていないということを意味する。より厳密に計量的に影響を同時方程式で推定しても、ファイル交換はCD売上に影響を与えないという結果が得られる。ファイル交換が音楽CD売上に影響を与えないのであれば、ファイル交換を禁止するのは社会全体の厚生を下げることになり望ましくないことになる。

図3 Winnyファイル交換での音楽CDダウンロード数と売上枚数

この2つの例はいずれもCCCDやファイル交換訴追などの方法で著作権保護を強める必要はないことを意味している。権利者の収入源である音楽CD売上に被害を与えていない以上、現状のCDコピーもファイル交換も容認の範囲内ということになる。

論争とビジネス上の含意

この結論には異議が多いことが予想される。CDコピーもファイル交換も違法行為であり、それを容認するとはなんたることかというおしかりをいただきそうである。異議申し立てはいろいろなレベルから生じうる。

  1. この実証結果は本当なのか(実証の信頼性)。
  2. 本当だとしてなぜ影響を与えないのか
  3. 著作権そのものを否定するような主張であり、ビジネス的に受け入れがたい。

これらの問いに簡単に答えておこう。

第1に、実証の信頼性であるが、この結果は異例なものではない。アメリカでの研究では結果が割れており、音楽CD売上を減らすという結果と増やすという結果の両方が出ている。ただし、減らすという実証結果でも効果の大きさはそれほど大きくはない。

そもそも無料で利用できるならそもそもCDを買うわけがないから、売上は必ず減るはずだという意見もあるかもしれない。そのような意見の人には音楽のレンタル市場が何をもたらしたかを想いおこしてほしい。貸しレコード屋の登場以来、レコードとCDのレンタル市場は一貫して拡大しているが、これのためにレコードやCDの売上が減ったという話は聞かれない。概念上はレンタル価格がゼロになったケースがCDコピーやファイル交換である。より安い代替品が出ても、完全に代替的でなければ、ともに拡大することもありうるのである。

第2になぜ影響が出ないのかであるが、これについては複数の仮説を考えることができる。まず、そもそも需要が異なる可能性がある。コピーCDにせよファイル交換にせよ、CDを買わずにコピーで済ます人は、コピーが禁じられたからといってそのCDを買いに行くわけではない。一方CDを買う人はコピーが利用できても買う人である。つまり両者は異なる人であるという仮説である。また、コピーが宣伝効果になっている可能性がある。コピーで聞いてみた後に気に入ったら買いに行くという人が少なからずおり、これは宣伝効果となってCD売上を逆に増やす効果を持つ。最後に特にファイル交換については、ファイル交換をする人の数がまだ少ないという点も見逃せない。ファイル交換ユーザの数は不明であるが、100万人とも200万ともいわれている。仮に200万人としてもそのなかで潜在的に音楽CDを購入する人の数は限られており、すべての音楽ファンの数から比べれば小さい。

最後に、ここでの結論は著作権そのものを否定するような主張であり、ビジネス的にも法的にも受け入れがたいという異議に答えよう。まず、ここで主張したいのは著作権の否定ではない。ここで得た結果は日本の現状程度のCDコピーとファイル交換は、容認の範囲内であるということであって、コピーとファイル交換を公認しろと主張するつもりはない。もしこれらの行為を公認すると、利用者が一挙に増え、図1の最適点Vを越えて左側に移行してしまうかもしれない。現にファイル交換が半ば公認された韓国では、音楽CDの売上は壊滅状態にある。ここでの主張は日本の現状程度のCDコピーとファイル交換を禁止するべきではないと主張しているにすぎない。

ビジネス的に見れば、ここでの結果はむしろコンテンツビジネスにとって朗報のはずである。これまでコンテンツ保有者はコピーを恐れて、事業化に二の足を踏むことが多かった。しかし、ここでの推定結果は現状程度のコピーを恐れる必要はないことを意味している。ここで得られた結果はビジネス的にマイナスではなく、むしろビジネスを励ますものである。

振り返ってみれば、コンテンツの歴史では新しい媒体が登場するたびに、ある程度の無料での利用方法が付随的に発生してきた。例えばビデオデッキが登場したときには、映画館に来ないで友人宅で映画を無料で見る人が出るといって反対された。レコードが登場したときにもコンサートにこないで無料で友人のレコードで音楽を聴けるとして、実演家が反対した。しかし、それら無料での(いわば当時の感覚としては違法な)利用方法が少々あっても、それを容認することで新しい媒体は市場を拡大してきたのである。デジタル化時代のコンテンツ配信も同じことではないだろうか。そのように考えれば、著作権保護の強化にそれほどこだわらなくてよいという事実は、むしろビジネス的に朗報のはずである。

  1. 最適点が中間にくるためには曲線が上に凸である必要がある。上に凸になる理由は、(1)保護を強めすぎるとユーザの支持を失って売上が減り、生産者の利益が減少しうる、(2)保護を弱めすぎると生産がほとんど行われなくなり、利用者の利益も減少しうる、の2つで説明できる。
  2. Tanaka, Tatsuo, 2004, “Is strong copyright protection welfare-improving? -Case of Japan’s copy- controlled compact discs” Conference paper at EARIE 2004 (European Association for research in Industrial Economics 2004) in Berlin.
    http://www.diw.de/english/produkte/veranstaltungen/earie2004/papers/docs/2004-343-V01.pdf
  3. Tanaka, Tatsuo, 2004, “Does file sharing reduce music CD sales?: A case of Japan,” Hitotsubashi University Institute of Innovation Research, IIR Working Paper, WP#05-08,
    http://www.iir.hit-u.ac.jp/file/WP05-08tanaka.pdf

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PDF 著作権の最適保護水準 [283 KB]