富士通総研

光のデザイン

照明デザイナー 石井 幹子

2006年7月

本文

光で甦る歴史、文化財

闇の中に埋もれていたものに光を当てることによって、新しい価値を呼び起こすことを、私はこれまでに幾度となく経験してきた。 1986年東京駅レンガ駅舎がライトアップされたときのことである。この明治時代の建築は、国鉄の歴史の中で、手入れも行き届かないままとなって、将来は取り壊される運命にあった。国鉄からJRに移行する前、ライトアップされたレンガ駅舎は、人々にさまざまなことを思い起こさせた。ある人は戦前の光景を思い、ある人は戦後の焼け跡を光の灯ったレンガ駅舎を重ね合わせた。その後すぐに各界の人々からレンガ駅舎を守ろうという声があがり、現在では修復が施されて大切に保存されている。

文化財に光を当てて保存するだけではなく、もう一度甦らせて活躍されることも光の効果である。合掌造りで名高い飛騨白川郷の月明り照明は、代表例といえよう。

世界文化遺産に指定されても、東海北陸自動車道が開通すると、北陸の温泉地まで車で40分の距離になって、村の民宿や旅館は立ちいかなくなり、昼間だけ来る観光客は増えても、村としては経済的に苦しくなるという問題を抱えていた。依頼を受けて始まった白川郷の月明り照明は、現地へ行く道中と同じように野越え山越えのプロセスであったが、以来真冬の週末の夜は、大勢の観光客が訪れるようになった。

その後に続く平成の大改装となった大阪城のライトアップは、大阪の人々から好評をいただき、小学生のアンケートによると、外国人に見てもらいたい景色のナンバーワンになったと聞く。世界遺産の姫路城、奈良の東大寺はじめ歴史的建造物、そして青森県三内に位置する縄文遺跡 三内まほろばパークなどは、みなそれぞれの夜の景観の中で、時を越えて光の力で甦ったものと言えるのではないだろうか。

光による夜間の景観づくり

日本の各地には、いまさまざまな問題を抱えた所が多い。戦後の活気にあふれた復興期や、それに続く好景気の頃に賑わいを極めたまちが、バブル後の不況や社会情況の変化等で落ちこんだり、寂れてしまったりする例を方々で見ることができる。何か新しい糸口をつかんで、復興の兆しをつくろうと模索する中で、最近「光」を手掛りに、苦境を切り開いて行こうという動きが各地で見られるようになってきた。

熱海ムーンライトビーチと東京・浅草の金龍山・浅草寺はともに、このような光を用いたまちおこしと言えよう。

かつては、日本の代表的な温泉地として盛況をきわめた熱海も、団体客から個人客へという時代の流れに取り残される危機感を募らせていた。そこで、昼間好評を博している人工海浜サンビーチを、夜にはムーンライトビーチに変身させる試みを私共が提案した。砂浜と波頭を月明りの様な幻想的な光で浮かび上がらせ、夜間にもウォーターフロントを散策し、海と親しむことができるようにした。

また、浅草・浅草寺は、昼間は仲見世を中心として、それなりの賑わいを見せているが、夜になると人出も少なく店も閉じられて淋しい情況となっていた。賑やかな昔の浅草をとり戻そうと立ち上がった商店街の方々の熱意が発端となって、地元の企業や個人の寄付で実現したのが浅草寺のライトアップである。有名な雷門から奥へと続く宝蔵門、観音堂、そして五重塔が、美しい朱色をきわだたせて、鮮やかに浮かび上がった。いま、夜間にも人出が増して、観光名所の活気が夜間にも続いている。 最近の例としては、岡山県倉敷市の美観地区があげられる。江戸時代幕府の直轄地「天領」として栄え、倉敷川のほとりには白壁の土蔵や屋敷が建ち並んでいた。昭和初期には日本最初の私立の洋風美術館となる大原美術館が建てられるなど周辺の蔵屋敷と解け合い美しい街並が、天災や戦災に遭うことなくその姿を残している。

2005年の秋からスタートした、倉敷市による美観地区夜間景観照明事業は「魅力あるまちづくり」を目指して、更なる観光振興を地域活性化につなげる新しい取り組みとして、全国から大きな注目を集めている。

時空間をつくる光

長い年月をかけて夜間景観をつくっていくプロジェクトとは対照的に、比較的短期間の中でエネルギッシュに創造していくものに、パフォーマンスやオペラ、演劇の照明がある。昨年は、横浜三渓園の大池に水上能舞台特設し一夜限りで上演された「あかり夢幻能」では初めて能の照明に取り組み、また<愛・地球博>EXPOドームでのオペラ「蝶々夫人」の再演や、演劇「サド侯爵夫人」では、舞台照明だけではなく会場の東京国立博物館・本館や庭園を中心に、光と音のインスタレーションも手がけた。

そして今年は、春にホールオぺラ「トゥーランドット」の照明にはじまり、夏には8月3日(木曜日)と9日(水曜日)に、イタリアのプッチーニ音楽祭において、オペラ「蝶々夫人」の続編となるオペラ〈Jr.バタフライ〉(作曲 : 三枝成彰、台本 : 島田雅彦)の上演が決定し照明デザインを担当することとなった。この音楽祭52年目でプッチーニ以外の作品上演は初めてであり、オペラ発祥の地イタリアで、日本人による出演・制作のオペラ上演に期待が集まっている

世界でグローバルな活動を展開する中で今後も新しいことに取り組んでいきたいと思っている。

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