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消費税引き上げ論議の死角

富士通総研経済研究所研究顧問 (早稲田大学教授) 岩村 充

要旨

付加価値税としての消費税

消費税の引き上げ論が活発化している。財政再建には所得税や法人税に代わる新たな財源が必要だが、それは消費税以外にないというわけだ。

もっとも、消費税の引き上げには慎重論もある。財政再建の必要性に対する認識は共通していても、景気への影響を考えると優先すべきは歳出削減だというのである。筆者もやや観点は異なるが、消費税の引き上げには慎重にあるべきだと考えている。消費税のような効果が持続する税を加重することは、景気だけでなく物価にも大きなデフレ効果を与える可能性が高いからだが、理由はそれだけではない。消費税のような付加価値税型税制の持つ経済的な効果についての認識が浅いままで、その引き上げを急ぐのは危険だと考えるからである。

日本の消費税のモデルになったとされる付加価値税の原型が導入されたのは1954年のフランスである。このフランスの税制を発展させ一般化したのが現在のEU型付加価値税だが、その特色は、付加価値税の納税義務を負う事業者の行った仕入について、納品書などの取引書類(インボイス)に基づき、仕入先つまり前段階の事業者が負担した税額を控除する仕組みを持つことである。これにより、企業が実質的に負担するのは、売上ではなく、売上から仕入を控除した剰余すなわち付加価値に対応する税額になる。付加価値税value added taxという名称もここから由来している。

この前段階税額控除の仕組みは、多段階構成される経済活動に売上税のような間接税を賦課したときに生じる問題を解決するために考案されたものである。経済活動が複雑化し、原材料の加工から始まり製品の流通にいたるまで多くの事業者の手を経るようになったとき、そうした多段階で構成される経済活動すなわちサプライ・チェーンに単純な売上税を賦課すると、売上を計上するごとに課税されることになる独立の事業者は、原材料の調達から最終製品の製造や販売まで一括して取り扱う事業者に比べ、サプライ・チェーンを通じて税負担が累積するという点で不利になってしまう。この税負担累積問題は、売上税の対象から中間生産物を外し最終生産物のみに課税するようにすれば生じないはずだが、経済活動が発展し複雑化すると中間生産物と最終生産物を一律に区別するのは困難になるし、また、国境を越えて商品のサプライ・チェーンが構成されている場合には、その上流に位置する国と下流に位置する国との間で税収上の不公平が生じてしまう。これを解決するのが付加価値税の前段階控除の仕組みなのである。

1988年に導入された日本の消費税は、基本的にはEUの付加価値税をモデルにしながら、インボイスを採用せず、取引帳簿に基づいて前段階での税負担を認識し、その控除を行う仕組みになっている。しかし、そうした差異はあっても、前段階での納税額を控除することで、消費に投じられる経済価値の創出に対し負担を求める税金になっていることに変わりはない。日本の消費税は、人々の消費活動に対して網羅的に課税する間接税であるという点では米国の売上税などと似通っているが、その本質は付加価値税の類型に属する税だといってよいだろう1)。

ところが、こうして前段階控除の仕組みを整備した結果、消費活動に課税する間接税として出発した付加価値税の経済的性質は、企業に対する直接税である法人税(法人所得税)と類似することになった。法人税と付加価値税は、いずれも企業活動が生み出す価値に対する課税であるという点で共通の性質を持つようになったからである。以下では、こうした付加価値税と法人税の類似性について改めて整理することで、日本において消費税を引き上げようとするときにクリアーしなければならない条件とは何かを探ることにしたい

法人税との共通性

単純化された企業モデルとして、機械設備を備え労働者を雇用して原材料を加工して商品として販売する会社を想定してみよう。この会社は自己資金のみで運営され、外部負債も余裕資金運用もないとしよう。そうすると、この会社の法人税負担額は、

法人税負担額=法人所得×税率
              =(売上 - 原材料費 - 減価償却費 - 賃金)×税率
となる。

これに対して付加価値税の負担額(前段階税額控除後のネット負担額)は、

付加価値税負担額=売上×税率 - 仕入×税率
                  =(売上 - 仕入)×税率
である。ところが、付加価値税において控除の対象となる「仕入」とは、他の事業者から受ける財・サービス及び資産の提供のすべてであるとされているので2)、その中には減価償却の対象となる設備資産も含まれる。したがって、ある程度の年数を通算してみれば、法人所得計算上の控除項目である原材料費と減価償却費の合計は、付加価値税計算上の控除項目である仕入と一致することになる。これにより、法人税と付加価値税とは、前者が直接税であり後者が間接税であるというような形式的差異にもかかわらず、いずれも企業が行う価値創出活動に対する課税であるという点で、経済的には似通った性質を持つことになるわけだ。

では、企業活動に対する課税という観点からどちらが優れているだろうか。課税システムとしては、付加価値税を支持する声が強いようだ。株式会社のような法的あるいは会計的な組織を通じて課税する法人税は、課税額の決定に操作性や裁量性が入り込む余地が大きく、課税コストが嵩む一方で、税負担の不公平が生じやすい。また、国境を越える企業活動が活発かつ容易になっている現代では、法人の所在地を基準にする課税システムは形式的な法人所在地を操作することで課税を回避しようという行動を誘発しがちだという事情もある。売上と仕入という企業活動の出口と入口で課税する付加価値税の方が、企業の利益計算手順に依存して課税する法人税よりも、公平で隙間のない制度設計が可能なのである3)。日本の法人税は限界だ、法人税に代わる財源として消費税の引き上げが必要だ、とする議論の背景には、付加価値税制が持つ課税システムとしての優位性への認識もあるのだろう。

しかし、そうした理由だけから、消費税を増税すべきだと考えるとしたら、それは短絡的である。法人税と付加価値税とでは、企業の価値創出活動にかかわる労働の扱いが異なるからである。

消費税の雇用抑制効果

資本と労働の2生産要素を投入して生産活動を行っている企業を想定しよう。この企業は、利潤最大化という意味で合理的に意思決定を行っているとする。この場合、よく知られているように、この企業が選択すべき最適な資本と労働の投入比率は、両生産要素の相対価格が各々の限界生産性の比すなわち限界代替率に等しくなったときである。

ところが、ここに付加価値税のように片方の生産要素の投入だけに加重される税が導入されると、話が変わってくる。付加価値税の導入により、企業に最大利潤を与える生産要素投入比率は、労働の投入比率を下げ資本の投入比率を上げる方向へと変化してしまうからである。要するに、人件費を払うより機械の代金を払う方が「節税」になるので、人手を減らして機械設備に代替する方向へと生産現場を調整しようとする動きが生じるわけだ。これは、付加価値税の持つ雇用抑制効果であり、税制による生産要素市場への介入であるといえる。

もっとも、このような生産要素市場への介入性だけをとらえて、課税方式としての付加価値税を一概に否定するのは正しくない。現代の政府は、設備投資減税や研究開発支援などの資本形成促進のための諸施策を行う一方で、年金や失業保険などの社会政策も行っている。生産要素の投入に税制が影響を与えることは、政府による市場への介入であり、一般論として好ましいことではないが、既に多くの市場介入性のある政策が実施されている以上、付加価値税の効果についても、既に行われている資本投入促進的あるいは労働投入促進的な諸政策とのバランスで評価しなければならないからである。

筆者が強調したいのは、税制を論じるにあたって、こうした付加価値税の持つ生産要素市場への介入性を認識しておくことの重要性である。この点についての認識を欠落させたままで、目先の財源対策として、日本型付加価値税である消費税の増税を論じることは適切とは思えない。消費税の引き上げを唱えるのであれば、そのプラス面を強調するだけでなく、その雇用抑制的作用についても、それがどれほどのものになりうるかについての慎重な見極めが必要なのである。。

第三の道はないか

もっとも、消費税のような付加価値税が雇用抑制的な作用を持つといっても、それが不可避のものではないことにも注意が必要である。

付加価値税が雇用抑制的に作用するのは、賃金を付加価値税の体系の中に取り込んでいないからである。したがって、賃金の支払を労働の仕入の対価とみなして税体系に取り込めば問題は解消する。具体的には、労働の売上者である勤労者に対して付加価値税を課し、彼らを雇用する企業に対して勤労者が負担した付加価値税額の前段階税額控除を認めるようにすれば、労働と資本の投入は付加価値税の負担において均等になるから、付加価値税が雇用抑制的に作用することはなくなる4)。これは、付加価値税としての消費税の優れた特徴を生かしながら、その副作用を押さえ込む、いわば「第三の道」が存在することを示すものである。

ちなみに、労働を付加価値税の視野に取り込むことには他にも良い点がある。いわゆる間接税には、低所得層ほど税の実質負担率が重くなるという「逆進性」への批判がつきものだが、そうした批判に対しても、勤労者世帯の生計費を前段階税額控除の対象にすることで解決を与えることができるからである。具体的には、勤労者とは、食料や衣料あるいは医療などの財やサービスを購入して生活することで、労働という価値を生産し販売している経済主体だと位置づけ、生計費の負担が大きい低所得層に大きな控除を認めるのである。もちろん、そうした控除の対象とすべき生計費の算出基準などについては別途の制度作りが必要だが、このように位置づければ制度の拠って立つ理論的基礎が明らかになり、したがって社会的な合意も得やすくなるはずである。

繰り返しになるが、筆者は消費税という名の日本型付加価値税について、その増税に一般論として反対しているわけではない。経済価値創出活動に対する課税としての法人税が陥っている状況を顧みると、消費税に財源の主柱を移していくことは合理的な方向感であると考えている。しかし、それならば、なおさらのこと、その副作用についてきちんとした認識が必要だし、また、その改善可能性についての議論も怠ってはならないと考えるのである。

1)前段階税額控除を受けるためにインボイスを要求するかどうかは、課税実務上は大きな違いではあるが、本稿ではこの点について深入りせず、前段階税額控除という仕組みの付加価値税が持つ経済的な効果についての議論に集中することにしたい。
2)ただし、日本の消費税法では、財・サービスと資産とを区別せず、これらを一括して「資産」と呼んでいる。
3)ただし、金融取引に対する課税という観点からは、両者に一長一短がある。法人税の欠点は、株式形式の資金調達にかかる資本コストについては費用扱いしないのに対し、負債形式のそれを費用扱いしてしまうという制度的な歪みである。これに対し、付加価値税の欠点は、貸出や預金のような金融取引を非課税にしてしまうという制度的な歪みである。なお、そうした付加価値税の欠点を補正しながら金融取引を課税対象とするときの方法論については別稿を参照されたい(富士通総研研究レポートNo.252,2006年2月)。
4)もっとも、賃金所得に付加価値税を課税すると、勤労者の税負担が一方的に増加してしまうし、課税事務も煩雑になる。したがって、こうした場合には、移行措置として付加価値税負担相当の所得減税を行うことも考える必要があるし、納税義務を労働の売上者である勤労者ではなく仕入者である企業に負わせるなどの課税制度上の工夫も必要になるだろう。

全文はPDFファイルをご参照ください。

PDF 消費税引き上げ論議の死角 [231 KB]