世界はフラットか、ギザギザか : 都市と人の視点から日本のIT政策の見直しを
客員研究員 (慶應義塾大学助教授) 土屋 洋
2006年1月
要旨
アメリカ社会の変化
ハーバード大学教授のロバート・パットナムは著書『Bowling Alone』の中で、かつてアメリカ社会を彩っていたさまざまな地域コミュニティが崩壊してきていると論じた1)。例えば、盛んだったボーリング・クラブがさびれて一人でボーリングしている人が増えたり、手芸クラブに集まる人が減ったり、教会の活動に参加する人が減ったりしたというのだ。パットナムはその背後には、ソーシャル・キャピタル(「社会資本」ないし「社会関係資本」と訳される)と呼ばれる、人と人とをつなぎ合わせ、人々の協調活動を活発にさせる資本が低下してきていることがあるのではないかと論じた。
これに反論したのが、ジョージ・メイソン大学のリチャード・フロリダである。フロリダは著書『The Rise of the Creative Class』の中で、重要なのはソーシャル・キャピタルではなく、クリエイティブ・キャピタル(創造的資本)だと論じた2)。確かにかつて存在したようなアメリカ社会におけるコミュニティは見られなくなってきているが、それは人々のつながり方が変化したからだというのだ。
クリエイティブな階層
フロリダによれば、クリエイティブな階層(Creative Class)に属する人々が増加してきている。フロリダの試算では、1900年にはアメリカの人口の10%にすぎなかったクリエイティブ階層は、1980年には20%になり、現在では3分の1に達するという。
クリエイティブな階層は大きく三つに分かれる。第一に、「スーパー・クリエイティブ・コア」と呼ばれる人たちで、科学者、エンジニア、大学教授、詩人、小説家、アーティスト、エンターテイナー、俳優、デザイナー、建築家、ノンフィクション作家、編集者、文化人、シンクタンク研究者、分析家、オピニオン・メーカーといった人々がこのカテゴリーに入る。第二グループは、「クリエイティブ・プロフェッショナル」と呼ばれ、幅広い知識中心産業が含まれる。例えば、ハイテク・セクター、金融サービス、法律サービス、ヘルス・ケア・サービス、ビジネス経営などで、特定の分野でクリエイティブな問題解決に従事している。第三のグループは「サービス・クラス」と呼ばれ、いわゆるサービス産業に従事し、給料も低く、自律性のあまりない職業だという。このクラスに属する人たちのすべてがクリエイティブな階層に属するというわけではないが、スーパー・クリエイティブ・コアやクリエイティブ・プロフェッショナルの活動をサポートすることになる。
ここでいうクリエイティビティは、収入の大きさとは関係がない。売れない詩人の生活が困窮している場合もある。重要な点は、彼らは特定の企業や土地にしがみついて生活しているわけではないということである。彼らは自分のクリエイティブな活動にふさわしい土地、住み心地のいい土地を選んで移住し始めているという点である。彼らの場所の選択は、ライフ・スタイルの関心に基づくもので、寛容で、多様で、創造性にオープンな場所を求めている。「私はこの会社のために働く」というマインドの人は減りつつあり、私はボストンで働きたい、シリコンバレーで働きたい、だからそこにある企業を選ぶという人たちが増えてきているのだ。
その結果として起こるのは、地域に根ざしたコミュニティの崩壊であり、人々は自分の住みたい場所を求めて大移動し、クリエイティブな人々が集まる都市が発展し、新しいコミュニティが形成されているというのが、パットナムに対するフロリダの反論である。
世界はフラットだ
もう一人、新しい視点を提起しているのが、ニューヨーク・タイムズ紙のコラムニストのトーマス・フリードマンである。彼は著書『The World is Flat』の中で、世界は真っ平らだと言い出した3)。
フリードマンは2001年に対米同時多発テロが起きてから、なぜアメリカへのテロが起きたのかを探るために中東やアフガニスタンをめぐっていた。ところが、その間に世界はどんどん変化し、インドや中国といった新しいアクターが参加する新しいグローバリゼーションが始まっていたという。彼はインドのバンガロールや中国の上海・大連をめぐり、アメリカの自宅に戻ると、「世界は丸くなんかない。真っ平らなんだ」と妻にそっと打ち明けた。
フリードマンがバンガロールで見たのは、インドなまりの英語を矯正し、まるでアメリカ人のように話すインドの若者たちである。アメリカ企業はコスト削減のためにさまざまなサービスをインドにアウトソースしている。例えば、コール・センター・サービスである。アメリカ人がアメリカでフリー・ダイヤルに電話するとバンガロールにつながる。バンガロールの若者たちは、自分で選んだアメリカ風の名前を名乗り、クレジット・カード会員に丁寧にニューヨークのレストランの電話番号を紹介するのだ。
インドの若者たちは猛烈な自己啓発競争を続けている。アメリカの給与水準から比べたらはるかに低いのに、インドの給与水準から見たらはるかに上を行く稼ぎを得ることができる。それでいて、自国の文化の中で家族とともに暮らし、慣れ親しんだ食事を友人たちととり、外国暮らしのストレスを感じなくてもすむ。
中国の大連に行くと、日本企業がさまざまなサービスをアウトソースしている。コール・センターの他にも、データの打ち込み作業などがどんどん中国の若い労働者の手で行われている。
フリードマンはインドのビジネスマンと話しているうちに、世界の競争条件が平準化されてきていることに気が付いた。つまり、世界は真っ平らになってきている。世界中の人々が、グローバリゼーションの深化によって、グローバルに競争するようになってきているというのだ。いわば、新しい広大なフロンティアの開拓に向けて、世界中の人々が競争を始めているということになる。
都市が重要になる
リチャード・フロリダは、フリードマンの主張「世界は真っ平らだ」にも反論している。フロリダの議論では、クリエイティブな人々が居心地の良い場所を求めてアメリカ国内、そして世界中を移動していることになる。クリエイティブな人々が集まる都市は栄え、そうでない都市はどんどん衰退していく。その結果、どんどん高く成長する都市とそうでない都市との間でデバイドが生じる。高く成長している都市を山のように世界地図に描いてみれば、世界はギザギザ(spiky)に見える。ITの発達によってフラットになったのはこうしたクリエイティブな都市と都市の間だけで、現実には世界はギザギザなのではないかというのだ4)。
都市がクリエイティブな人々を魅了する要素としてフロリダは三つの「T」を挙げている。つまり、「Talent(才能)」、「Technology(技術)」、「Tolerance(寛容さ)」である。フロリダはさまざまなデータを基に指標を作り、この三つのTを計測している。例えば、才能については人口当たりの学位取得者の数、技術については人口当たりの特許の数、寛容さについては人口当たりの同性愛者の数といった具合である。こうしたさまざまな指標を組み合わせて「クリエイティブ・インデックス」なるものを作ると、アメリカ国内ではワシントンDC、ボストン、ニューヨーク、サンフランシスコ、シアトル、オースチンといった都市が上位に来る。他の国では、北欧の都市や英連邦の国々の都市が挙がってくる。もはや国家の時代ではなく、都市が主役の時代が来つつある。
都市の視点から日本のIT政策の見直しを
日本のIT政策は予想以上の成功を見せ、世界でも有数のブローバンド国家となり、ユビキタス社会の実現へ向けた施策がとられている。そうした政策と平行して地域情報化の試みが行われてきたが、こちらは必ずしもうまくいっていない。確かにインフラは、日本の隅々にまで届こうとしている。しかし、インフラができたからといって、地域に根ざしたアプリケーションやコンテンツができたかというとそうでもないのではないだろうか。まして、クリエイティブな人々を魅了するという点で日本の地域振興が成功しているとは言い難い。
フロリダは『日本経済新聞』に寄稿し、日本に欠けているのは寛容さではないかと示唆している5)。われわれが偏狭だというわけではないだろうが、異質な文化、考え方を受け入れるという点で比較的クローズドなのではないかというのである。しかし、考えてみれば日本文化の歴史においては外からの文化の摂取が何度も行われており、物まねばかりだといわれることさえある。中国の王朝(唐、隋、宋)や朝鮮半島、明治以降の西洋からの文化や技術、そして人間の流入が今の日本を形作っている。
歴史上めずらしいといってもいいと思うのだが、日本はクールだと世界から注目されるようになった。これは一大チャンスに他ならない。しかし、おそらく都市というレベルで注目されているのは東京と京都に偏っているのではないだろうか。グローバルに行われている競争という視点から、地域情報化や町おこしを見直し、クリエイティブな人々を引きつける施策を考える時期に来ているのではないだろうか。インフラ作りは終わった。クリエイティブな人々を育て、集めなければならないのだ。
1)Robert D. Putnam, Bowling Alone: The Collapse and Revival of American Community, Touchstone Books, 2001.
2)Richard Florida, The Rise of the Creative Class: And How It's Transforming Work, Leisure, Community and Everyday Life, Basic
Books, 2004.
3)Thomas Friedman, The World is Flat: A Brief History of the Twenty-First Century, Farrar Straus & Giroux, 2005.
4)Richard Florida, “The World is Spiky,” Atlantic Monthly, October 2005, pp. 48-51.
5)リチャード・フロリダ「経済教室 : 都市の未来(4)」『日本経済新聞』2005年8月5日、朝刊29ページ。
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