世代間技術移転の重要性と課題
研究員 大隈 慎吾
2005年10月
要旨
我が国における技術散逸の危機
技術移転といえば、マイクロソフトと国内IT企業のクロスライセンスや、海外への直接投資(現地工場や法人の設置)等、何かと国際間の技術移転について語られる事が多い。しかし、その足元で、国内における技術散逸が深刻な事態となりつつある。このままでは、日本は「ものづくり大国」の地位を維持できなくなるかもしれない。
技術散逸が生じている現場は、20歳代~30歳代の若年層と50歳代~60歳代の高年齢層という「世代」である。前者は、若者の技術職離れ、長引く不況により企業が新卒採用を抑えてきた事によって若手技術者が育っていないこと、後者は、熟練技術者の技術継承が2007年から本格化する「団塊世代」の定年退職に間に合わないことが背景となっている。
このため、若手の技術人材育成と熟年層からの技術継承が我が国製造業における緊急の課題となっており、現在、国を中心とした各種取り組みが行われている。
若手の技術人材育成に関する取り組み
経済産業省の外郭団体である新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「産業技術フェローシップ事業」(NEDOフェロー)は若年層の技術人材育成を目的としている。育成対象者は研修機関と協議の上、育成カリキュラムを作成しNEDOに応募する。応募内容が審査を通過すると、NEDOは研修機関に対し育成対象者の育成事業を正式に委託する。研修内容は、ライフサイエンスや情報通信、ナノテクノロジーといった科学技術における研究開発分野の他に、技術移転や技術経営(MOT)、知的財産権や知的基盤といった技術の実用化業務も含まれる。
特許庁の外郭団体である工業所有権情報・研修館の「技術移転人材育成プログラム事業」は、特許の流通(売買)等による技術移転を円滑に行うための若手技術移転人材育成を目的としている。熟練技術者ら「人」に体化された技術を特許化し、共有の知識基盤として活用する事も、技術散逸を防ぐ有効な手立てとなる。
若手の技術移転人材育成に関する取り組みとしては、他に、独立行政法人科学技術振興機構(JST)の「新産業創出のための(目利き)人材育成プログラム」、東京大学先端科学技術研究センターの「知的人材育成プログラム」における「先端知財人材オープンスクール」(東大先端研人材育成プログラム)等がある。
熟年層の技術継承に関する取り組み
東京工業大学のTLO(技術移転機関)である財団法人理工学振興会では、「東工大TLOメソッド」の一環として、東京都大田区等の近隣地区に集積する中小の製造企業から、主に引退を控えた熟練技能工らが持つノウハウを大学に移転する活動を行っている。
トヨタとリクルートが共同で設立した合弁会社、株式会社オージェーティー・ソリューションズは、トヨタ生産方式におけるカイゼン活動を顧客企業(非製造業も含む)に指導するコンサルタント事業を行っている。顧客企業にカイゼン活動のトレーナーとして派遣されるのは、長年トヨタの生産現場でカイゼン活動に取り組み、今は定年退職した、あるいはリタイヤ間近の元熟練工である。
経済産業省のものづくり中核人材育成委員会では、「ものづくり知識移転のためのインストラクター養成」の事業化を検討している。これは、団塊世代を中心としたものづくりベテラン人材をインストラクター化することによって、彼らの技能・技術・暗黙知を次世代に移転することを目的としている。
インストラクター事業の事前調査として、ものづくり中核人材育成委員会は「ものづくり知識移転のためのインストラクター養成に関する調査」を実施した。これは、製造業を中心とする71社に対して実施したアンケート調査である。同調査によると、71社中37社にインストラクターのニーズがあり、インストラクターに支払ってもよいと思える報酬の平均は年収で389万5,882円となった。また、ニーズの中心は、品質管理や作業管理といった管理技能養成、トラブル処理のノウハウや名人芸的技能の勘及びコツの伝授といった部分である。
今後の課題
上に挙げた取り組みはそれぞれ着実に効果を上げつつあるものの、どれもいまだ緒に就いたばかりの状況にあるといえる。そのため、急速に進行する技術散逸に対策が追いついていかず、後手後手にまわっている感は否めない。実際、これらの取り組みにもかかわらず、いくつかの分野では既に技術が散逸したか、今まさに散逸しつつある。これは、世代間技術移転が人的資本への投資を意味することと関係がある。機械や設備等の物的資本への投資に比べ、人材育成といった人的資本への投資は、本来、資金も時間も余計にかかるものだからである。
民間企業でも社内における世代間技術移転に関しては努力が行われているが、技術散逸はマクロな問題であるので、企業横断的な、人材を囲い込む「枠」を取り払った施策でなければ効果が上がりにくい。
今は技術散逸への対策に関する投資をもっぱら国に頼っているのが現状だが、前述したように、国の限られた予算の中で急速に進行する技術散逸に対応することには限界がある。そこで、今求められているのは民間からの参加である。もちろん、民間企業が参入するには収益上のインセンティブが必要だが、上で紹介した株式会社オージェーティー・ソリューションズの業績が好調なことや、ものづくり中核人材育成委員会のアンケート調査結果からは、この分野に新たなビジネスチャンスがあることがうかがえる。しかし同時に、人材は自然環境と同じく社会全体の共有資源であり、それを維持するには社会の構成員が応分の負担をしなければならないという認識も必要であろう。
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