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知的立国のための条件(東大改革を例にして)

東京大学総長 小宮山 宏

2005年10月

要旨

東京大学ビジョン2005~2008

本年7月に、東京大学ビジョン2005~2008「時代の先頭に立つ大学・・世界の知の頂点を目指して」を公表しました(http://www.u-tokyo.ac.jp/gen03/b01_07_j.html)。この中には、今後4年間私の総長の任期中に目指す改革がリストアップされています。総長の決意表明という位置づけですが、内容については何度か学内で意見交換を行い大筋の合意を得ております。これから実践に移しつつ、内外の意見をうかがい、修正すべきは修正し、改革の実を挙げていきます。ご注目とご支援のほどをお願い申し上げます。

ビジョン作成にあたり、目標にした大学はありませんし、経営のモデルとした企業もありません。傲慢に聞こえるかもしれませんがそうではなく、先進国にあって国際的評価も得ている大学が、そのまま真似をしてうまくいくようなモデルはどこにも存在しないと考えるからです。部分的にみれば、東大より優れたところはいくらでもあります。しかし、部分を取り入れて良くなるという保証はありません。かえって、弊害をもたらす可能性すらあるのです。いろいろ参考にしますが、真似はしません。

このように考えるに至った背景について、少し述べさせて頂きます。

歴史の流れを、国が孤立して存在する時代と国際化時代に分けられるとすれば、国が孤立している間は、それぞれに独自の文化や産業が興ることになります。国家間に優劣はなく、途上国も先進国も存在しません。国際化によって覇権争いが始まり、途上国と先進国が生まれるのでしょう。

日本では、江戸末期に突然国際化が始まりました。鎖国時代、自給自足経済を成立させ、武士道、日本刀、俳諧、茶の湯、浮世絵、能楽、歌舞伎、相撲、宵山や七夕など各地の祭り、寿司、天ぷら、囲碁、将棋など精神性の高い文化が花開きました。芭蕉や千利休は現代人にとっても魅力溢れるものですし、浮世絵は、ゴッホやモネが歌麿や北斎を模写し自らの生活に取り入れるといったほどに、後期印象派の人々に衝撃をもって迎えられました。疑いなく、日本文化は世界一級であったのです。

しかし、鉄製の黒い大きな船の突然の来訪が日本の人々に衝撃を与えました。生産力で決定的遅れをとっていることに気づかされたのです。その遅れは国の存亡に関わるものでした。このとき、日本は途上国となったのです。

生産力で追いつくために、ほとんどすべてを変えることにしました。議会制度をイギリスから、警察制度をフランスから、大学制度をドイツから、諸産業を欧米各国から導入しました。追いつくスピードはすさまじいものでした。戦争による疲弊を経つつも、1960年代後半にはすでに、ヨーロッパのすべての国を追い抜き、世界第二の生産力を有するまでになったのです。天然資源のない小さな島国が、百年足らずで、生産力で世界の先頭に立ったのです。おそらく鎖国の時代に遅れたのは生産力だけだったのでしょう。だからこんなに早く先頭に立つことができたのでしょう。

課題先進国

ここから現在までの40年が問題なのです。先頭に立ったのに、相変わらず心持ちは途上国のままです。問題が起こるたびに欧米に範を求めます。政治、経済、教育、あらゆるモデルを欧米に求めようとします。

イギリスもドイツもフランスもそれぞれ苦しんでいます。大学にしても、それぞれに固有の問題を抱えて、改革に躍起になっています。一見一人勝ちに見えるのがアメリカです。しかし、アルコール中毒、麻薬の蔓延、銃の野放し状態は大学にも影をもたらしていますし、環境の劣化、貧富の差の巨大化など、米国社会は問題を山ほど抱えています。そもそも石油の大量消費を前提とする経済政策は20世紀の遺物であり、やがて大転換せざるを得ないだろうと、私は確信しています。

欧米と日本の間に圧倒的な格差があり、何でも導入すればましになったという明治維新の時代と今とでは状況が違うのです。

それでは、日本の特徴は何でしょうか。小さな国土に世界第二の経済を有するがために課題が早くに顕在化するという点に、針路を考察する鍵があるように思います。課題先進国なのです。それは日本に課せられた困難であると同時に、最大の利点をもたらすものなのです。

環境問題にもその一端が垣間見られます。例えば、日本の工場からの排ガスのクリーン度は、圧倒的に世界一です。火力発電所排ガスの硫黄酸化物の濃度でいうと、アメリカ、イギリス、フランスの数十分の1、比較的ましなドイツの6分の1です。また、日本製の自動車のガソリン消費は、同じ重さの車で比較した場合、欧米車より20%近く低いし、トヨタやホンダのハイブリッド車となるとさらにその2分の1です。日本は、明らかに環境先進国です。原因は、問題の顕在化が早かったからです。

日本が自らの課題の解決に成功すれば、明治時代に途上国であった日本がそうしたように、やがて世界が日本のシステムを導入するのです。それが日本の国際競争力の源泉となるのではないでしょうか。

頭に立つ勇気

今私達に必要なのは、先頭に立つ勇気ではないでしょうか。

途上国ならいざ知らず、日本が欧米にモデルを求めても答えはありません。そこでは課題がまだ熟していないからです。エネルギー問題に関して言えば、日本は原子力を国産と考えても80%のエネルギーを輸入に頼っています。一方米国は、資源大国でもあるのですが、巨大でかつ増え続ける消費と油田の生産量の低下によって石油の輸入率が増え続け、すでに60%を越えました。北海油田のおかげで石油輸出国であった英国も、油田の枯渇でまもなく輸入国に転じます。日本は、エネルギー問題でも課題を先取りしているのです。

都市の廃棄物問題が日本ほど深刻な国はありません。米国は埋め立てる土地に事欠きませんし、ヨーロッパの都市は小さいから、小規模分散型での処理がまだ可能です。しかし、いずれ問題は顕在化するでしょう。

なによりも日本にとって有利な点は、成長するアジアのモデルたり得るということでしょう。例えば、ヒートアイランドの問題です。欧米は寒い国ですから、ヒートアイランド問題が深刻化するのはずっと先の話です。アジアの大都市では既に顕在化しつつあり、彼らは日本を注視しています。日本で生まれる問題の解決手段は、アジアに輸入されやすいのです。このことが、アジアにおける先進国としての日本を考える上で十分に理解されていない点ではないでしょうか。

以上が日本に関する一つの視点であり、私は大学改革を同じ視点で考えております。東京大学改革の基本的姿勢は、問題は何なのかを自ら明らかにし、問題の解を自ら案出し、それらを断固実行に移すという点にあります。国内外の大学や企業を参考にしますが、真似はしません。私達の試みが成功したとき、それは21世紀の大学のモデルになると確信しております。

全文はPDFファイルをご参照ください。

PDF 知的立国のための条件(東大改革を例にして) [245 KB]