ASEAN、東アジア戦略を考える
主任研究員 梶山 恵司
2005年4月
要旨
中国の台頭におされ、かつて世界経済の注目を集めたASEANは影がすっかり薄くなってしまった。しかしながら、地域連携・統合の必要性に対する認識が高まりつつある中、わが国としては、ASEANを含めた総合的な東アジア戦略をどう構築するかを真剣に考えるべきだろう。
求心力を域外に求めざるをえないASEAN
ASEANの中で注目されるのは、5%を上回る成長を続けるタイ、マレーシアである。成長の原動力は、いずれもアジア危機を契機とした為替の切り下げによる輸出の急増だが、近年では単なる外資一辺倒から脱却し、自国の強みを活かした産業政策へと政策が高度化しつつあることも、経済発展に好影響を与えている要因として見逃せない。例えば、タイでは、輸出ばかりでなく内需振興・農村開発にも重点を置いたDual Track Policyがとられるようになったし、外資に関しても、自国の強みとする自動車、食品、ファッション、ITといった分野に焦点を絞り、競合が激しく独自性を打ち出しにくい電機・電子をはずすなど、戦略的な対応をするようになっている。また、外資導入が早かったマレーシアでは、単なる製造拠点としての優位性は失われつつあるとの認識のもとに、地場産業による輸出奨励、観光産業、IT、バイオ産業に自国の比較優位性を求めるようになっている。
ASEANの盟主だったインドネシアの不安定化から、いまでは政治的・経済的にも安定しているタイ・マレーシアがASEANの核となりつつあるが、だからといって、ASEANが通貨危機前のような求心力を取り戻すことは、期待できないだろう。域内貿易の比重が4分の1にすぎないうえ、ASEAN5に占める両国の経済規模は4割にすぎず、アンカーとなるには力不足だからである。この結果、ASEAN域内自由貿易を目指すAFTAも、「貧しい国がまずしい国に市場を開く」として、当事者すらその効果には懐疑的だ。つまり、弱小国の集まりであるASEANとしてはその求心力を域外に求めざるをえず、そのためには東アジア全体を安定化させる枠組みがほしいというのが本音である。
もっとも、その求める方向は、両国では微妙に異なっている。
かつては、「ルックイースト」を掲げていたマレーシアの日本に対する期待は、完全にしぼんだかのようだ。これは、日本に東アジア戦略がなく、対米追随ばかりであることへの諦めにも似た気持ちが大きく影響している。また、マレーシアを生産拠点としてしかみない日本と、前工程を含め一貫した体制を構築し、単なる「貸し座敷」状態から脱却しようとするマレーシアの政策にずれが出てきたことも関係していよう。
反対に、マレーシアが期待するのは中国のようである。同国の重要産業である電気・電子産業は中国移転が続いているものの、共産党の脅威がなくなったこと、中国の東アジアを戦略的にとらえる政策と対米政策のスタンスが明確なことを評価している。中国の存在意義は確実に拡大している。
東アジア連携の触媒としてのタイ
マレーシアと異なり、タイは東アジアのアンカー役を日中に期待し、将来的に東アジア統合を夢見ているようである。
タイが日本に期待するのは、依然として経済に占める日本の比重が極めて高いためだ。例えば、タイ経済の原動力である外資はその5割近くが日本であり、しかも、タイの戦略産業である自動車は、生産の9割が日本メーカーで占められている。また、貿易相手としても、日本は突出している。ちなみにタクシン首相の肝いりで進めている一村一品運動OTOPは、大分県平松知事の同運動をモデルとしたものである。
他方で、地理的にも近く、経済関係も急速に拡大している中国にも期待が集まっている。タイの輸出に占める中国のシェアは5%と対日輸出の3分の1にすぎないが、輸出の伸び率は前年比20%にも達しており、その経済構造は競合よりも補完的であるとして、中国とのFTA交渉も積極的に進めている。
「東アジア連携のためには支柱が必要だが、支柱は一つでは成立せず、また、それはよい支柱でなければならない」との政府元高官の言葉は、東アジアの経済関係が一段と緊密化する中で、そのアンカー役を日中に求めたいとのタイの願いを端的に表すものといえよう。
他方で、日本に対しては、懐疑的な見方も存在する。タイは日本と早くFTAを締結し、兄弟関係を確固たるものとしたいが、日本の東アジア戦略が見えず、FTA交渉でも、タイが期待するヘルスケア(看護・介護・マッサージ等)や農産品などの展望が開けないことへの苛立ちが大きい。ヘルスケアに関しては、社会保障費の削減にもつながり、日本にとっても大いにプラスになるはずとか、タイやマレーシアはODAの段階をとっくに卒業している、それよりも、日本の市場を開放してもらうほうがよほどありがたいといった意見が、いたるところで聞かれた。
タイは、ASEAN諸国の中でも特に対日依存度が高く、かつ親日的なこと、ASEANのリーダー的な地位を築きつつあること、中国との関係も良好なことから、ギクシャクした関係が続く日中の仲をとりもち、東アジアをまとめる触媒としての役割を果たせる可能性が高い。
日本は、ASEANを含めた東アジア戦略をきちんと構築すべきであり、そのためにはタイとうまく付き合うべきだ。日本への期待はずれが繰り返されれば、いずれあきらめに変わる。マレーシアの二の舞にもなりかねない。